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読書記録⑭『あなたは、誰かの大切な人』原田マハ著

作家、原田マハさんの存在は以前から気になってはいた。何度か彼女の本を手にとってパラパラとめくってみたり、単行本の帯に並ぶ推薦文だか紹介文を目でなぞったこともあったと思う。そこから“アートの世界に精通している”“海外について書かれることが多い”著者という認識が出来上がっていた。そこでなんとなく敬遠し、本を読む気になれずにいた。


敬遠していた理由を言語化してみると、“芸術の世界をあまり理解できない”(私自身、絵を描くことは好きなくせに)。“海外を舞台にした、或いは海外に関わる内容に苦手意識があるから”(たぶんカタカナの人名や地名、異文化などの情報量の多さから、読書に負荷がかかることを予測して避けていた)。
こんなところだ。改めて言語化してみると、なんとも情けない理由である。


最近、もう少し暮らしに変化を取り入れようと意識するようになった。毎日同じこと、似たようなものを好んで取り入れていても、さして変化は望めない。
というわけで、小さな挑戦だけれど、今まで読まなかったタイプの本を読んでみようと思った。では軽く内容から紹介していく。


『あなたは、誰かの大切な人』は六編の短編小説集だ。タイトルは一話目から順に『最後の伝言』『月夜のアボカド』『無用の人』『緑陰のマナ』『波打ち際のふたり』『皿の上の孤独』。タイトルだけ読んでも洗練されたセンスを感じる。各物語は独立していて、どこから読んでも楽しめる。ただ、著者の遊び心か、同一人物が登場する回もあるので、もし読む機会があればぜひ見つけてみてほしい。


この本のヒロインたちはアラフォー、アラフィフ世代である。そして彼女たちの周囲にいる人たちは親世代で、七十代以上のことも多い。自然、老いや病、介護、死別などがテーマにも上ってくる。
どうしようもない現実で、暗くなりがちな人生の課題。読みながら思った。読むタイミングは現在いまでよかったんだと。これをもう少し若い頃に読んでいたら、まだ当分先の事と捉え感情移入できなかっただろう。もしくは途中で読むことを止めてすらいたかもしれない。それはもったいない。読了できて良かった。


順番でいえば、子より先に親が亡くなる。家族は近しい存在とはいえ、大人になればそれぞれの家庭や生活がある。それ以前に、一つ屋根の下で暮らしていても、すれ違っていてろくに会話もしなかった関係性だって少なくないと思う。
子供からみたら母ばかりがあくせく働き、父はふらふら遊び歩いてばかりの浮気者。なぜ別れなかったのか。そんな不釣り合いに見える両親でも、お互いがお互いを必要としていた夫婦だったということもある。


母親から愚痴を吹き込まれてきて、尊敬する気になれなかった父。しかし亡くなってから父の愛した本や父の見ていた景色を目にし、父の想い、生き方に初めて触れることもある。
郷里を離れ、晩年をあまり一緒に過ごすことなく亡くしてしまった母。面倒を見ていた姉に責められ、胸を痛めていたヒロインが、異国の地で接した日本贔屓のトルコ人女性。境遇も文化も違う人間。でも家族のことを話してみたら、深く通じることもある。癒し癒されることもある。


人生の大半の時間が苦労と我慢の連続。自分を犠牲にして、子供たちや周囲の人を守る生き方をしてきた女性。しかし年をとってから出逢った男性は、彼女に辛抱強く寄り添い、包み込んでくれた。そして家族のしがらみから解放され、ようやく結ばれた彼との結婚生活はたったの数年。しかし彼女は幸せにたくましく生きている。誰かに与えられた愛情は消えずに残り続ける。


独身アラフィフ女性二人の温泉旅行。お互い年老いて健康体とは言い難い親を持つ身。日々の仕事にも生活にも疲弊気味。自分たちの将来の心配もある。重たいものを背負いながらも、たまに会えるだけで励まされ力をもらえる存在。立ち向かわなければならない課題は各々に課せられている。でも横で一緒に歩みを進めている存在がいると思えるだけで、どれだけ心強いことか。


中年以降、病魔に襲われる確率も高くなる。いつか訪れてみたい場所。見ておきたいもの。やりたいこと。毎日、目の前のやるべきことに忙殺され、気がついたら年をとり、健康も損ないそれどころではなくなっている。
後悔のないように生きよう。わかっていても、実践できる人はどれだけいるだろう。


六編の物語は、こんな風に人生で避けては通れない重たい課題を、読者にありありと見せる。でもそれだけじゃない。苦みがあれば甘みもある。そこには、人生の味わい方をそっと教えてくれるような包容力がある。
『あなたは、誰かの大切な人』というタイトルそのものも、生きる活力を与えてくれる素敵な言葉だが、集められた物語はそれぞれ、まさにその言葉を証明してくれる内容だった。
また懸念していた海外やアートの世界にまつわる描写も、むしろ新鮮な風を感じられて心地良かった。やはり、食わず嫌いはよくない。


今、少し疲れや虚無感を感じている人にもお勧めだ。きれい事抜きに、寄り添ってそっと肩を抱き寄せてくれるような、さりげない優しさを感じられる。気になった方はぜひ、読んでみてほしい。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


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