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この3年間、何してた?ーーYUKSTA-ILLからの解答『MONKEY OFF MY BACK』

2023年、春を迎えて街の雰囲気は大きく変わりました。一方で、この3年間に起こっていたことは依然として終息せず、まだわたしたちの内側には疲労が隠れていて、完全にReviveしたとは言い切れません。

『MONKEY OFF MY BACK』はYUKSTA-ILLが3年間、ひたすら作ってきたという曲で構成された最新アルバム。収録曲「SPIT EAZY」では、フィーチャーされた三重のラッパーGinmenが高らかに<心開いて気分は快晴 もうすぐ夜明けだぜ Have a nice day>と“終わり”が始まったことを私たちに告げます。

このアルバムに収められた“硬く、シリアスなYUKSTA-ILL”と、リスナーに起こった出来事や感情が重なることで生まれるマジックは、『BANNED FROM FLAG EP2』が暗闇にあかりを灯してくれた2020年の蒸し暑い夜を想起させます。

WAVELENGTH PLANT設立について話を訊いた前編に続き、YUKSTA-ILLに4作目となる最新フルアルバム『MONKEY OFF MY BACK』について話を訊きました。

*『MONKEY OFF MY BACK』のプロモーションをA&Rとしてサポートする
 WDsoundsの主宰者LIL MERCYが同席して取材を行いました。

レーベルWAVELENGTH PLANT設立について話を訊いたインタビュー前編はこちらです。

YUKSTA-ILL『MONKEY OFF MY BACK』

ーー『MONKEY OFF MY BACK』は、2019年に『DEFY』をリリースしてから4年ぶりのフルアルバムですね。

YUK:去年は少し動きやすくなったけれども、その前の2年間はCOVID-19の影響でイベントは中止や延期の連続でした。まったくなかったわけではないですが、それでも通常の半分以下くらいに減少しました。世の中の状況がライヴをあまり行えるものではなかったですね。

フルアルバムをリリースしたらやっぱり各地でライヴをしたいし、自分からもアプローチしていきたい。それができないうちは、出さないと決めていました。『BANNED FROM FLAG EP2』は逆にあのタイミングで発表するべきものだったのでリリースしましたが、アルバムを作ることをまったく想定せずに、3年間とにかく曲をいっぱい作っていました。

これまではアルバムのタイトルやコンセプト、アウトラインを先に決めてから、曲を作っていくやり方をしていました。今回は着地点を想定せずに作った曲からまとまりを見出してピックアップして、アルバムのスタイルに仕立てようとしましたが、思うように進まない状況に初めて陥りました。

ーーアルバムの物語性や起承転結を大切にしてきたYUKSTA-ILLならではの悩みですね。

YUK:あまりに迷ったのでトラックメーカーごとにミニアルバムを出しても良いんじゃないかとも思いましたが、そうすると次のフルアルバムをいつ出せるかまったくわからない。だから、意思を切り替えました。

もともと別のトラックでラップしていたアカペラをほかのトラックメイカーに渡して、相談しながら作った曲が、今回のアルバムに含まれています。これも今までにはない経験でした。自分なりに新しいことをやってみたら、新鮮で楽しかった。

ーーすべてのトラックに統一感があることは新しいメソッドだったからこそ生まれたのですね。リリックも、重心が低く抑えられた印象でした。…むしろ「OCEAN VIEW INTERLUDE」は「もっと盛大に浮かれてもいいんじゃないの?抑えなくていいんじゃないの?!」って感じましたよ(笑)。

YUK:あくまで“INTERLUDE”なんで(笑)。

ーーアルバムTeaserに選ばれた「TIME-LAG」。たったワンフレーズで、Kojoeさんの繊細なリリシズムが表現されたトラックを、YUKさんらしい湿度と生活感のあるリリックが駆け抜けて、まるで映画や短編小説のようでした。とても美しい曲で、気は早いけど今年のベストトラックだって言い切りたいくらい、好きです。

MERCY:俺はこのアルバムを代表している曲は「TIME-LAG」だと思います。いろんなことを言っているけど、すごく雑にまとめると久しぶりにバスケしてるってだけの曲ですよね笑)。

YUK:その通りです(笑)。

MERCY:でも、本当はただバスケしてるだけなのに、聴いている人が全然別のドラマを重ね合わせることができる曲。

ーーわたしも同感です。リリックだけでもトラックだけでも引き起こせない、ふたりのアーティストによるマジックですね。

YUK:この曲をTeaserにするべきだってMERCYくんが言ってくれたんですよ。

MERCY:壮大に聞こえつつ、ただそれだけの曲。でも、実は世の中で起きていることはただそれだけってことがほとんどです。それをどう楽しむか、どう受け取るかっていうことですよね。端的なメッセージはないけれど、この曲が生まれたこと自体がすでにメッセージになっている。それぞれに読み解き方が委ねられていることも含めてすごく美しくないですか。

YUK:このトラックのデータは初め「Durag90」って名前でした。NASの『The Lost Tapes』の1曲目「Doo Rags」をピアノで弾きなおしているのかな。俺もKojoeくんもこの曲がすげぇ好きで昔から「『The Lost Tapes』やばいですね」ってよく話していて。『Illmatic』当時の未発表曲とかも入ってるアルバムです。だからトラックをいっぱい聴かせてもらってる時に「これ、アレっすよね?」ってすごいアガりました。サビのところで実はちょっとだけオマージュしています。自分で聞いても、「あれ、あんまわかんないな」ってくらいですけど。

ーー「MOTOR YUK」も、Kojoeさんとの曲。これまで通りアルバムのオープニングで自己紹介、名刺を忍ばせるいつものやり口ですね(笑)。

YUK:そうですね。「TIMEーLAG」と「MOTOR YUK」は自分の想いも強くて、大事な曲です。

1週間、KojoeくんのJ.STUDIO沖縄に行ったんですけど、バスケしたり別のことしてました(笑)。でも、曲をいっぱい聴いてもらって、一番FEELしてくれたのが「MOTOR YUK」でした。バックボーカルのヌケを使ってラップしてるところとか、Kojoeくんの意図していたことにうまくマッチしたみたいで、聴きながらハンドシェイクした(笑)。

ーー目に浮かびます(笑)。

YUK:フルでもミニでも、とにかくアルバムをつくるアイディアをもって沖縄に行ったんですけど、それぞれの曲の良し悪しを判断するというよりも、同じようなエッセンスの曲があったら「これとこれは近いからしぼろう」というようなかなりシビアで総合的な意見や「良いと思っている曲はもったいぶらずに出せ」というアドバイスをもらいました。

ーー<夢に登場して叱咤激励する>理由がよくわかりました(笑)。

YUK:自分の中で、いつもエネルギーと刺激を与えてくれるのはKojoeくんとMERCYくんです。それぞれタイプは違うけど常に“GO HARD”しているイメージです。どれだけ音楽に向き合って、捧げられるか……そんな想いにさせてくれます。東京から三重に帰るときにいつも「この刺激をキープして帰ろう」って思ってました。Kojoeくんとは、彼が日本に帰ってきて一発目のライブだった『MURDER THEY FALL』で、自分はTYRANTとして出演した時からの付き合いです。その時のKojoeくんのバックDJはTYRANTのDJ BLOCKCHECKだったんですよ。

ーーKojoeさんとのアルバムはいつか聴くことができそうですね。タイトルの『MONKEY OFF MY BACK』って、どんな使われ方をする慣用句ですか?

YUK:いろんな意味や使い方がある言葉ですが、ここでは3年間の重荷を下した・解き放たれたというようなニュアンスで使っています。それこそ自分にとっては、時間をかけてでもアルバムを届けることができた、その過程の先にあるタイトルです。

スポーツ選手のインタビューでも耳にする言葉で、3曲目の「FOREGONE CONCLUSION」の最後はコービー(・ブライアント)が優勝したあとのインタビューです。“MONKEY OFF MY BACK”って言葉を使っていて、3度の優勝を共にしたシャック(シャキール・オニール)がレイカーズを抜けて、チームが低迷していた時期を乗り越えて再び頂点に立ったときのものですね。

ーーここからまた心機一転スタートするときにもぴったりな言葉ですね。「EXPERIMENTAL LABORATORY」、Campanellaさんとの曲ですが、個性が異なるおふたりがお互いにリスペクトしあった結果、よりマッチするように寄せ合っているようにも聴こえてとてもよかったです。

YUK:このアルバムに参加してもらったラッパーのなかではおそらく共演曲が一番多いし、お互いのことをよく分かってるからなのかもしれませんね。

ーーほかのラッパーをフィーチャリングした曲は、依頼した側もどこかで“異物感”を期待していたり、客演する側も“痕跡”を残そうとすることが多いですよね。この曲だけでなく、全体を通してゲストラッパーの存在がとてもスムースで、トラックに統一感があったようにブラッシュアップされていた印象です。

YUK:「アルバムに入れるから、バース蹴ってよ」っていう頼み方をしていないので、やっぱり、アルバムとしてではなく、曲単位でひとつひとつ作っていったのが大きい。当初は意図してなかったけど、違うやり方にトライすることって大事ですね。

MERCY:Campanella以外のほかのゲストも、曲のクオリティを高めることにフォーカスしていて、“かましてやろう”的なギラついたものが確かにないから、フィーチャリングされてる曲でもすんなり耳に入ってくるってことですよね。ふと誰もゲストがいないアルバムだったような錯覚をして、ふと「あれ、あそこはYUKじゃなかったよな」って思い返すような感じの面白さがありますね。全体的に“YUKSTA-ILL”っていうまとまりがすごくタイトですよね。

ーーその「“YUKSTA-ILL”っていうまとまり」が聴いた人の心に“何か”を残しているはずです。こういったフルアルバムを作れるラッパーは数少ないですね。

YUK:これからも、そんな作品を残していきたいと思っています。地元がもっと良くなればと願っていますが、自分の活動でうまく還元できてるかは……ぶっちゃけわからないんですよね。弱気かもしれませんが……。難しくもあるけど、やるしかないので。そこで心が折れたりしないところが自分の長所だと思ってます。

ーーさすが“DEFなY”(笑)。迷っていることや弱っていることをこの作品でも正直に表現していますね。

YUKSYA-ILL

YUK:より素直に人間的にいきたいと特に今回は思ってました。3年間いろいろ考えることも多かったからやりたくないこと、やりたいことをちゃんと選んだ結果ですね。

取り繕っても絶対ぼろは出る。だから、“不完全の美学”とでもいうか、人間は完璧でなくてもいいと思います。

レーベルを始めたり、新しいメソッドでアルバムを完成させたこともあって、今いろんなことがとても新鮮です。この感じをキープしてリリースを続けていければと思います。寄り道をしながらも次のフルアルバムにつなげていきたい。

ーーその寄り道はいい影響をもたらす効果がありそうですね。

YUK:実際に『DEFY』からの過程は無駄ではなく、意味がありました。『BANNED FROM FLAG EP2』があったから、今回のアルバムが作れたことは間違いない。「この3年間、あいつは何をしてたんだ?」という問いかけへの答えです。

ーーだからこそ、リスナーはそれぞれ自分に起こったことや感情を重ねられる…少なくとも私はとても大事なものを受け取りました。最後に教えてください。『DEFY』のインタビューでうかがった、ひとりのトラックメイカーとアルバムを作る話はまだ進行中ですよね?

YUK:まだ、テーブルの上に載せてありますが、実現は出来ていません。いずれかたちにしたいと思っていますが、やり続けていると、やりたいことがどんどん増えていく。とても恵まれていることですよね。

ーーありがとうございました!
(取材・文 服部真由子 for mi hija)