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第一節【草加】

ある初夏の頃、鮮やかさを増す新緑の柔らかい匂いが鼻を擽る刻。
早朝のまだあたりが明るくなる前に街の外れにある竹林のあぜ道を一人の少女が歩いている。
白いスカーフ、紺の和服姿で歩いているのでいささか目立って仕方ない。普通なら、だが。
この町は私が生まれた時からなにも変わっていない。だからこそどこか寂しく思うのだろうか。
私が変わっていないのに変わったと感じる原因もそこにあるのだろう。
彼女は姿を消し竹林の入り口へと小走りに向かった。


「…はぁ。…あと、3日…か。」
どこに宛てるでもなくそう口から洩れた。
私、一宮草加は普段絶対にしてはならないとお家から言いつけられている竹林の周りのあぜ道を通り、入り口をどうにか見つけて竹林の中にある【特別な場所】を目指していた

あと3日。それはなにかの記念日を示しているのでも、どこかに私が行く日までの日数でもない。…もともと行く宛てなんてないに等しいが。
あと3日後、6月9日は恩人の命日だからだ。
恩人といっても顔を知っている訳でも、会ったこともない。どこに住んでいたのかさえも分からないのだ。なぜならいわゆる【ネ友】だったから。
SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)が普及している現代においてこうした友人関係をもつことはそう珍しいことではない。
知っているのはその子の性別くらいだろうか。こんな不安定な友人関係を大事にしているとお父様にでも知られたら小言の一つ二つ頂戴してしまいかねない。ただでさえいろいろ制限されているのにこれ以上家に縛られるならいっそのこと家名だのなんだの捨ててしまってもいいから自由になりたい。
…あと【1年半】我慢すればいいだけの話よね。


物思いにふけっていると、ふと遠くで足音がした。少なくとも子供の意図せず踏み入れた感じの音ではなく…まるで私がここにいるのを知っているかのような足ぶりだ。反射的に身構えてしまうけれど、ふと思いなおして足音の主が現れるのをまつ。この【混迷の竹林】と恐れられている竹林に足を踏み入れる者など私以外には二人しか思いつかない。その一人はもともとここに住んでいるし、家で待っているはず…ならばこの足音の主は彼だろう。


しばらくすると足音の主が遠くから見えてきた。こちらに気づいていたようで迷いなく歩み寄ってきた。
?:「おっす。久しぶりだな。元気にしてるか。草加。」
その何でもないような口ぶりなのは数千年たった今でも変わらずだった。
私:「…はぁ。あなたこそ元気そうね。月影。」
月影:「…相変わらずだな。お互い。…ここにあいつがいればな…」
そう月影が呟いた。
いつの日かの何気ない日常を思い描いているのだと悟った。
私はそれに気づくと歯噛みした。
私:(もう…揃うことは、ない…か。)
ここの竹林の管理者兼私たちの古き良き友人が声をかけてくれなかったら、日暮れまでそうしていたに違いなかった…。

(続く)
絵:ノーコピーライトガール


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