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ミルク

「違う‼︎ミルクちゃんは違うんよ‼︎」

 ヒロが自転車に跨ったままハンドルを持ち上げ振り下ろし、また持ち上げ振り降ろす。地面にタイヤが叩きつけられて籠がギシギシと音を立てながら小刻みに震える。
「いや、でもな、シフトが朝から晩まで毎日しっかり入ってんだよ、ありゃあ専門学校もクソもないよ」
 それを聞くとヒロは悲しそうにこちらを見て
「ミルクちゃんは違うんよ!俺が聞いてたのと話が違うもん」
 僕だって悲しいよ、嘘だと言ってよバーニィ。

 何故ヒロが嘆いているのか、それは一週間前に遡る。
 彼は風俗街にあるお屋敷でミルクというメイドさんと熱い40分を過ごした。その間のピロートークか何かだろう、身の上話を聞かせて貰ったらしい。
 彼女は専門学校に通っており、親の迷惑にならぬようにお屋敷に帰ってくる主人達の金の延べ棒を磨く事でお金を稼いでいるらしい。多分、同じような話を他のご主人にもしているのだろう。
その境遇と健気な姿に今、目の前で嘆いているご主人様は心を奪われてしまったようで、SNSのプロフィール欄の一言はその日に「milk」という単語に塗り変わり、心も身体もミルクちゃんのウェルターズオリジナルになってしまったようだった。そう、彼も漏れなく特別な存在。

「名刺は?」
「名刺は近くの川に捨てちゃった」
「なんで?賢者タイムってやつ?」
「気分だよ気分」
 そういうと残念そうに自転車を押し始め。
「ああ、捨てなけりゃ良かった」
 と悲しそうに天を仰いだ。

 ヒロのそして変態紳士達のメイドさんミルクちゃんはその後2年もの間、様々なご主人様の金の延棒を磨き続けたわけだが彼女はどこに行ったのだろう。
 社会人になって上司から聞いたのだが、実際に出勤してなくても出勤にしていて、予約が入ると店に来る嬢もいるのだという。でも、そんなフットワークの軽い専門学生がいるのだろうか。

ヒロはハマらなかったが、僕はヒロを弄るためだけにお屋敷を辞めるまでの2年間、月一で出勤情報を確認していたあたり、僕の方が違う形でハマっていたんだろう。うーん、なんと陰湿な。

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