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コロナ禍の移民・難民の生きる権利を保障するために —私たちの処方箋

Mネット2022年8月号の第一特集「コロナ禍の移民・難民の医療アクセスを保障する緊急医療制度を求める」から、総論記事を無料で転載します。M-net本誌は、本特集の個別記事や第二特集「アフガニスタン避難民」をはじめとする多くの記事をお読みいただけます。詳しくは末尾の案内をご覧ください。

外国人医療・生活ネットワーク 大川昭博

今回の特集では、コロナ禍で深刻化した移民・難民の医療問題をとりあげた。私(大川)自身も移民・難民の医療問題にかかわって30年以上になるが、現下の状況は、過去にもなかった最も深刻な状況下にあると認識している。本特集を通して、コロナ禍で移民・難民の医療問題が深刻化した背景を考察し、解決のための処方箋を提示してみたい。

mnet 2022年8月号、第一特集記事一覧

〔編注:本特集の個別記事で〕沢田が指摘する通り、日本では、医療費の支払い能力を理由とした診療忌避を行ってはいけないと医師法で定めながらも、診療を行って損失が生じてもそれを補填する仕組みはない。医師法に定められた応諾義務を確実なものとして担保するためには、皆保険制からこぼれる、あるいは排除される人をつくらないことを、政策として実行しなければならない。

しかし、1990年以降、まっとうな移民政策を持たない日本は、医療保障から漏れる移民・難民を構造的に作り出し、医療保障制度に大きな穴をあけてしまった。その「穴」は30年以上たった今でも放置され、数多くの移民・難民を生存の危機に落としこんでいる。

〔編注:個別記事の〕大澤の報告によれば、仮放免となっている人の大半が、食事を制限せざるを得ないほど生活に困窮しており、水光熱費や家賃の支払いも滞り、借金を重ねている人も少なくない。

生活に困窮していれば、健康を損ねる。しかし仮放免者には健康保険がない。症状を感じながらも病院にも行けず、重篤化してからようやく発見される、そして支払い能力がないことを理由に診療や入院を断られる、運良く治療ができたとしても、並みの収入の人でも支払えないような高額な医療費を請求される。

仮放免は、収容で身体を壊した移民・難民を、縄で手足を縛ったまま牢から外へ放り出し、うしろで「再収容」という刃をちらつかせながら、「生かさず殺さず」の監視を続ける...。これは政府による「人道に反する罪」ではないのか。そして、こんな残酷な「棄民政策」が日本国内で行われていることを、日本に住むどれだけの人が知っているのだろうか。

かつては、移民・難民の医療の窮状に対し、公立病院が一定の役割を果たしていた時期もあった。もともと公立病院は、様々な事情で適切な医療を受ける機会を持てない人たちに対して、一定水準の医療を提供するためにつくられた。しかし、1980年代以降の、収益を重視する新自由主義的な医療政策が進められる中で、採算性が低いとみなされた公立病院の統廃合や民営化(独立行政法人化)が進められていく。公立病院を中心とする病床数の抑制が、コロナ禍における受け入れ医療機関のひっ迫をもたらす一因となったことは記憶に新しい。そのしわ寄せは、保険のない移民・難民にも及び、公立病院による診療拒否がいまや平然と行われている。

国際化の進展によって、日本語を母語としない「外国人患者」が増え、多くの病院が医療通訳等の体制整備を迫られる中で、推進の一翼を担ったのが「医療ツーリズム」である。そこで行われたのは、健康保険のない「外国人患者」の医療費を1点20円以上につり上げ、体制整備にかかるコストを回収しようとする「えげつない」やり方であった。〔編注:個別記事で〕青木は言う。「個々の医療機関で無保険外国人に2倍、3倍の医療費を請求することの決定に関わった医療機関の責任者は、この決定が何をもたらすのかを想像できたのだろうか?」。医療本来の使命を忘れ、効率化と成長戦略にしがみつく日本の医療政策が、保険のない移民・難民の困窮を加速させている。


とはいえ、健康保険に入れない移民・難民の治療を誠実に受け入れてきた医療機関も少数ながら存在している。その大半は「無料低額診療事業」(無低診)を実施する病院、診療所である。しかし〔編注:個別記事での〕柳田の指摘の通り、無保険の移民・難民の患者が、他の病院から敬遠され、無低診を行っている医療機関に集中する、未払医療費が、医師法の応諾義務を誠実に実行した医療機関に蓄積する、という悪循環が起きている。

〔編注:個別記事の〕久保田によれば、無低診はそもそも「生活困窮者が経済的な理由により必要な医療を受ける機会を制限されることのないよう無料または低額な料金で診療を行う制度」である。一部の無低診医療機関には税制上の優遇措置はあるものの、基本は医療機関の「持ち出し」であり、経済的な側面からは限界がある。生活困窮者の医療に尽してきた病院に、受け入れを断った他の病院の未払い分が押しつけられてくるのでは、無低診の病院もたまったものではない。

ここまで深刻化した事態にどう対処するか。それは、この大きく開いてしまった「穴をすぐさま埋める」ことしかない。ではどうやって埋めるか。まずは諸外国の例に倣い、健康保険のない移民・難民を治療した医療機関に対し、未払となった医療費を補てんする制度を全国レベルで創設する。未払補てん事業はすでに一部の自治体で実施されているが、利用対象や期間、金額に制約があり、きわめて使いにくい。これを移民・難民の窮状に沿ったものに作り替え、使いやすい制度にしていくことが、私たちが提案する第1の処方箋である。

とはいえ、未払補てん事業は「対処療法」でしかない。大澤の報告を読めばわかる通り、健康保険のない移民・難民の多数を占める仮放免者の困窮は医療だけではない、日々の食事にも事欠き、住まいの確保もままならない、その子どもたちの進学や就職の道筋も見えない、まさに「人として生きていけない」状況に置かれている。仮放免者をこの苦境から救い出すためには、仮放免者の医療費は全額入管が支出する、国民健康保険に加入可能な3か月を超える在留資格を出す、生活維持のための就労を認める。これが第2の処方箋である。

仮放免者の問題は、日本の入管制度の「裏」の部分でもある。入れ替え可能な労働力を調達することを目的とした「ローテーション」政策、就業中の生活変動を考慮しない厳しい在留資格基準、本来は就労を目的としない技能実習生や留学生の働きで日本経済が維持されているという現実、1%にも満たない異常な難民認定率、そして司法判断を経ないで違反者を無期限に収容する「全件収容主義」が、移民・難民の生存の危機を引き起こしている。

仮放免者をはじめとする非正規滞在者を「取り締まる」のではなく、非正規滞在者を「つくらない」ようにすることが政策的に求められる。在留資格更新の要件を緩和し、失業や転職等の生活変動に対応できるようにする、在留資格が3か月以下になった場合も住民票はそのままにして生活に支障がないようにする、難民認定は出入国管理から切り離し認定率を向上させる、これだけでも未払医療費は随分と減るに違いない。非正規滞在者を生み出さないあらゆる措置を講じて未払医療費の発生を防ぐこと、それが第3の処方箋である。

それでも全国には今でも約7万人の非正規滞在者がいる。しかし究極の処方箋がある。ズバリ言おう!それは「アムネスティ」である。この7万人に活動制限のない正規の在留資格を付与すれば、移民・難民の生活困窮も、多額の未払医療費発生も、解消に向かって一気に前進する。

アムネスティ自体は決して難しいことではない。そう、日本政府さえ「やる気」になれば、ペーパー1枚で済み、経費もほとんどかからないのだから...。

(文中敬称略)

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