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華やかさなんてなくても /ショート・ショート

始めに:先月末から、クリスマスにちなんだ短編をアップしていますが、過去作も含めいくつかけるかお楽しみに。ちなみに、前にアップした、官能習作「粉雪」も、クリスマスネタです。

今回は、学生時代の自分の経験をもとに。以下本文
・・・・・・・
凍てつく吹きっさらしの荒れた造成地に、ダンプの音が鳴り響く。

「オーライ、オーライ、オーライ、はいっ!」

 ヘルメットをかぶった少し腹が出た作業服姿の男が手をあげ、それと同時にバックで徐行してきたダンプが止まる。そして、手招きするような男の手の合図に従って、ダンプの荷台が上方へ上がっていき、それに従って積まれたアスファルトが荷台を滑り落ちていく。

ドシャーっという音とともにアスファルトはもうもうと煙をあげ、地面にうずたかくたまっていく。

 荷を降ろしたダンプが去ると同時に、小型のショベルカーがアスファルトをある程度ならし、それが終わると数人の男達が溶けたアスファルトの熱い表面にスコップを持って立ち入り、スコップでアスファルトをすくい取っては、あちこちへと跳ね投げていく。そのそばから、2人の男がレイキと呼ばれる表面を均す道具で、アスファルトの表面を平らにしていく。

 タンタンタンという振動する転圧機械が音を立て始める。

造成地の道路工事の現場で、大学生の勇次は熱いアスファルトの石油臭い蒸気の中で、汗をかきながら仕事をしていた。

 既に冬の日は完全に落ちてしまい、ディーゼル発電機につなげられた照明が照らす道路舗装の現場には、男達の吐く白い息と、アスファルトの蒸気が陽炎のように揺らめいていた。

「おーい、学生、今日は残業な。あと3時間」

 ・・・はあ、やっぱり残業か。よりによってこんな日に。
 
 そう思いながらも、従うしかない勇次は、大きな声で返事をする。

「はいっ、大丈夫です」

 年末の道路工事は、予算調整の為に組まれた現場が、工期を年内に終わらせる為に動き、忙しい。学生バイトである勇次はそんな状況がわかっていたので、早く帰りたいとは口に出せない。

・・・やっばいな。香ちゃん待たせるなこりゃ。8時に終わるとして、そっから事務所に帰って風呂入って着替えて。早くても11時だな。

 少し残業が長引いても、定時なら5時には終わる工事現場。9時には待ち合わせでも大丈夫だろう。そう思っていたのに甘かった。早く工程を取り戻そうと、必死になっている作業員達の前で、一人だけクリスマスの予定があるからなんて、とても言い出せそうになかった。

 「おい、学生!ぼおっとするな。ここ!」

 一人の作業員が勇次を怒鳴りつけ、足元を指さす。そこにめがけて勇次はスコップですくったアスファルトを跳ね投げる。

 足元は溶けたアスファルトの熱が安全靴を伝って暖かいが、寒さがしだいに忍び寄ってくる冬の空気をひしひしと感じる。

 携帯で電話をしたかったが、携帯は現場の詰め所に置いている。取りに行くなんてとてもできなかった。

 結局、汗と煙まみれになった一日の作業が終わったのは9時過ぎだった。クリスマスで渋滞する道路の為に、アスファルトを運ぶダンプが遅れたためだった。

 作業を終えた作業員達と、その日の作業伝票を監督に貰いに現場の詰め所に向かう。それがなければその日のバイト代はもらえない。伝票を貰うとすぐ詰め所の休憩室に置いたバッグから携帯を取り出し、デートの待ち合わせをしていた香に電話をかけた。

「ごっめん、香ちゃん。今終わって。今から向かっても12時になるから今日のデートは無理っぽい」

「ええっ、もう予約したレストラン目の前だよ」

 香の携帯越しに、街の雑踏の音が聞こえる。

「って言ってもどうしようもないもん。ごめん、ほんとごめん」

「仕方ないよね。でも、私どうしようかな・・・」

 途方に暮れたような、泣きそうな声の香。

「おう、彼女か。もう帰るぞ!」

 後ろから作業員の一人が声をかける。

「ごめん。とりあえず帰ったらすぐ電話するから」

慌ててそう言って、勇次は電話を切った。

 汚れた作業服姿の作業員達と、白いワンボックスのワゴンに乗り込んで、帰り道。勇次は香がどうしているのかばかりを考えながら、一人、途方に暮れていた。

 事務所について、伝票を主任に渡した後、自宅へ急ぐ道中、何度も勇次は電話をかけるが香は出なかった。時間はどんどん過ぎていく。

 周りから流れるクリスマスソングや、酔っぱらって陽気に騒ぐ一群が逆に恨めしかった。

・・・香ちゃん、どうしてるんだろう。

 既に時間は11時半を過ぎたころ、ようやく自宅のアパートが目に入った。走っていく気力もなく、途方にくれたまま、汚れた作業服姿でとぼとぼと歩いていく勇次の背中越しに、「勇次君!」という声がした。

 振り返ると、いつもとは違う髪型で、まっ白いコートで耳にイヤリングをつけ、美しく化粧をした香が駆けよってきた。

「よかった。香ちゃん。ごめんね。でもすっごく綺麗だね」

「もう、せっかく楽しみにしてたのに、馬鹿」

「ごめん。本当、ごめんなさい」

「いいよ。許してあげる。それより勇次君、食事まだでしょう。私もお腹ぺこぺこだから、近くでご飯食べない?」

「えっ、でもこのままって、俺、こんな格好だし」

「いいよ恰好なんて。向こうのファミレスだったら、今からでも12時に間に合うから、乾杯しよう」

「いいの?ファミレスで?」

「いいよいいよ。一緒にいれるんだもん。それに勇次君、その姿、かっこいいよ」

 油とほこりにまみれた作業服姿で、少しタールの匂いがする勇次と、白いコートを着て、輝くイヤリングをつけ、香水の匂いがする香は、並んでファミレスまでゆっくり歩いた。

 寒空の下、部屋を暖める暖炉の火のように、暖かな想いで2人はみたされていく。

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