【雑感】 「Sun Ra Exotica」に託す、失われる(であろう)2020の夏。
こんばんわ。
今回はルーティーンとして書いてる音楽文よりは砕けた感じで書きます。普通は下調べや周辺情報のリサーチ、分析などをひぃひぃ頑張って、批評文的な構成を心がけているのですが、今回はエッセイ的な、やや垂れ流しに書いていきます。今後【雑感】みたいな感じでこういったものも書いていければと。ちなみに「Sun Ra」の発音は「サン・ラ」派です。切ったほうがかっこいいと思う。
Sun Raとの出会い?は2019年に行われた渋さ知らズオーケストラ主催のフェス「渋大祭」で出演したThe Sun Ra Arkestra。伝説のビッグネーム友情出演!といった触れ込みだったと思うのですが、当時の自分はあまり関心がなく、川崎の夕暮れとSun Laを肴にチルっていました。
当時はそもそもSun Laがまだ存命しているお方だと思っていましたしね。あのオーケストラの真ん中の人がサン・ラさんなんだろな〜と草原にねそべって聴いていました。
その後、再びの邂逅は吉祥寺でふらり立ち寄りった「百年」という本屋さん。アート系の出版物が多い中で、うろちょろしていると1冊のZINEが目に留まり、中を覗いてみるとディスクレビューのように1ページ毎にアルバムジャケットが簡潔に並んだ、新たな宝の地図のようだった。khuruangbinとかも載ってたのでええやーんということで、思い切って購入。
それまでZINEというものを買ったことがなかった自分にとって、やや強気な値段にぐぬぬという感は拭えませんでしたが、まぁこれも勉強だろうということで。
「Time to Go 1995-2020」という、大学生の方の卒業制作のZINEのようでした。人生における様々な風景(シチュエーション)と音楽について1年間に渡る研究の成果物としての作品ということで、学生にしてそのリスニングの深さといい、素晴らしい研究テーマといい、それを形にする実行力などなど、なんだか悔しいやら情けない気持ちにもなりつつ、ふむふむと普通にディスクガイドとして楽しんでおりました。その中の1枚として掲載されていたのが今回の「Sun Ra Exotica」というアルバムとなります。
このジャケットよ。エキゾ、エキゾ、&エキゾ。未知の領域感が大変に刺激的。大当たりにも外れにもどっちも転びそうなアンバランスな情景。ジャケットは超重要です。音楽を音楽としてだけ消費するのは、修行僧的な態度と言える。尊敬するceroの荒内氏も仰っているのだ(4月頃に出したエッセイで)。
画像が荒くて恐縮だが、まさにSun Ra鑑賞時の写真である。ジャケットと薄っすらリンクする部分もあるだろう。(前日は大雨が降っていたせいか、夕日に加えて雲もひどく美しかった。)
気になったので、近所の公園を散歩がてら聞いてみようと思った。再生マークをタップする。
ぽちり。良い。
あー、こういうのが聞きたかったんだよ、という肌触りを感じる。人間の隙間を感じる。素朴で、根源的なジャズだ。ミニマムなエネルギーが無限の宇宙へと接続される。今聞いているのは「The Lady with the Golden Stokings」だ。
Sun Laは土星出身のジャズミュージシャンである。本人が公言しており、図らずも宇宙人の存在をここで知ってしまった次第ということだ。ワシントンDCから彼の活動拠点(の一つ)であったシカゴまで約1時間49分。NASAもつくづく灯台下暗しであると言わざるを得ない。彼のライブに行けば、それが未知との接触だったのかもしれない。
もちろん、そんな彼の思想のベースである「宇宙」と音楽は非常に密接であり、ジャズのスピリチュアル性を色濃く感じ取ることができるのは、今回紹介するアルバムが彼の数多ある楽曲の中でも「エキゾ」をテーマに50〜60年代の楽曲を中心にセレクトした(未発表曲も一部含む)コンピレーション・アルバムだからだ。
私はこのエキゾの部分にことさら「日本」を感じてしまった。トコトコと素朴に鳴らされるドラム・パーカッションやフルートの響きは、近所から聞こえる和太鼓や笛を連想させ、日本の夏祭りの胸のざわつきを帯びていたようだった。
そこには、なぜだか気持ちの良い風が吹く瞬間がある。たゆたうようなリズムに湿度を感じるからこそ、フルートの音に時折感じる清涼感は、より一層の気持ち良さを誘う。それは日本の夏祭りの情景のソレに近いものだと思う。
もちろん、日本だって海外から見ればゴリゴリにエキゾの対象となり得るわけで、射程範囲内だったということの再確認でもあった。そもそも、つまり、なんというか、夏祭り行きたい!という気分になりました。
しかし、今年の夏は夏祭りなど、果たして行われるのだろうか。マスクに対する浴衣姿が新しい生活様式となってしまうか。金魚釣りや、わたがしや焼きそばのテキ屋もソーシャルディスタンスを維持して強行されるのか。牧歌的なエキゾの響きに思い起こされる日本の夏祭りの情景が、今まさに自分に訪れであろう夏と現在進行系で乖離していっている現実に少しだけ寂しさを感じる。せめて「Sun Ra Exotica」をこの部屋から聞いて、来たる夏祭りの音が再び鳴らされるのを遠く待ちわびよう、というのが私の提案です。是非聞いてみてください。(Time to Goを書いた山田優太郎氏に感謝を添えて)
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