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いまさらレビュー suchmos「THE ANYMAL」〜『BUBBLE』 (2019.12.7 加筆/修正)

 大きな変化が私たちを混乱の世の中へとさらっていく不安のなかで、たとえロマンチストと言われようとも、隣人を許すことができるだろうか。彼らのサイケとブルースは水のように力強く渦巻き、そして美しい光を輝かせる泡となった。

「THE ANYMAL」

 2019年3月に発売されたsuchmosのサードアルバム。少なくとも自分の周囲では、「stay tune」のように劇的には話題にはならなかったし、「なんだか感想を言葉にし辛いな」という方も多かったのではないだろうか。今作はそれぐらい前置きもなくアシッドジャズ的な彼らの「シティポップ」を置き去りにして、サイケ/コズミック/ブルース/プログレといった言葉が作品紹介に際して多用される異質な作品となった。(beatles『abby road』を思い出すという声も多かった)

 そんな今作の魅力の一つは「歌詞の射程範囲の拡大」ではないだろうか。それまでの彼らの歌詞は地元である湘南・茅ヶ崎が基軸であり、YONCEを筆頭とした6人のホームへの思いが核として含まれていた。確かなレペゼンを持ったロックスターの野心こそが、評価の一因であることは間違いなく、「suchmos」という固有名詞の圧倒的強度にみんな惹かれていった。カッコよくて、おしゃれなのに「俺らについてこい」と自信を持って言い放てる、一種の不良的な魅力こそが衝撃であった。

 しかし、本作では「湘南」という具体性のある単語からは離れ、アルバム内の歌詞に頻出する単語の一つは「星」に関連するものも多い。事実、YONCE自身も少し内省的なモードにあったらしく、「WATER」という一曲目では、宇宙よりかつての地球を懐かしげに夢想するようなナンバーとして、アルバムの方向が提示されている。内なる反骨へと潜った先はサイケの暗い宇宙であり、乾いたブルースであった。彼らはホーム(茅ヶ崎/シティポップ)を後にして、砂漠と宇宙への険しい孤独の旅を選択した。

(事実、『「売れてほしくない」とは思ってないし、面白いものができたと思ってるけど、このアルバムがものすごくもてはやされるのも、それはそれで変だなって思うんですよ』とすら述べてしまっている。)

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(こちらはアナログ盤。限定生産にも関わらず未だにレコ屋で在庫を見かけます…)

『BUBBLE』

 「THE ANYMAL」の12曲はバラエティーに富みながらも、長尺で一歩一歩踏みしめるようなドラマによって構成されている。歌詞から連想される情景は郷愁の宇宙、埋め立てられる青い星、乾いて焼けた砂漠。その旅路ですれ違う人々も孤独で、彼らは自分達が割りを食って生きていることに気づいていない。そして、自分たち(YONCEでありsuchmosであり…etc)も消費されてしまうのではないかという、静かな焦燥が楽曲からも滲む。MIKIKI 2019.03.26の彼らのインタビューでも『YONCEの歌詞の世界観とは別に、サウンドはサウンドで、その元となる映画のようなストーリーやイメージがあって』と述べられいるように、ボーカルがシンガーソングライター的な全てを占めるのではなく、むしろ曲における「名俳優」としてYONCEが冷静に機能している。

 そんなアルバムを通り抜けた終着駅である「BUBBLE」は、アルバム内ではメロウ/チルよりで、彼らの過去曲の系譜で言えば「life easy」に位置にする、雨風を抜けた後のような楽曲である。冒頭、ピアノの音が鳴り響く瞬間に雲間からか細くも優しい光が差したように感じられ、ひたすら「遠く」へと進んできた旅は遂に終わり、曲のベクトルが「空」へと向かう。それはまさに映画のエンディングのようだ。

「今日 あなたは成功者」  「起きたら眠るまで やりたいことをしよう」

ここまでストレートに他者を肯定する詩を選択できることに驚きを隠せないし、そのパワーをコントロールできていることも凄まじい。もちろんアルバムを通しての重厚な積み重ねがあるからこそ安っぽくならないことには疑いようもない。そしてもう一つ気になる詩がある。

「shine your boots」

 歌詞を書く必然性とはなにか、と聞かれたら「感じたことはあるが、うまく言葉にまとめられないこと」を言い当てることだと私は思うのだが、まさにこの歌詞は、それが自然体にトライできている。幾度かリフレインされるため「映画や文学の一節かな…?」と思い自分でも調べたが学が足りず、特に引用は確認できなかったが「あなたの靴をみがきましょう」という、訳してしまえばなんてことのない言葉である。しかし、同時に「地面は雨でまだぬかるんでいるが、涼しげな風と太陽の下で、座り込んで傷ついたブーツの汚れを払う」ような情景が浮かび、それはまるで聞き手が抱えてきたそれぞれの旅を肯定し、労うようである。(少しスピった言い方をすれば、許しと祝福が空から降り注ぐような、クリスチャン的なエッセンスとも繋がるのかな?とも思うが、そちらも無知なのでここまでにしておく。)
 
 彼らが湘南からのサクセスストーリーではなく、時に悲痛な叫びを伴う「THE ANYMAL」というロードムービーを選択したことは、目先の成功やリスナーに捉われず、むしろより多くの人にバンドの反骨精神を届けるはずだ。そして、孤独な道中のなかですれ違ってきた、思想や言葉の違うあなたと「隣人」になろうとする許容と肯定のロックこそ『BUBBLE』というラストシーン、彼らの旅の成果なのではないだろうか。



あとがき
 このアルバムは本当に奥が深そうです。クラシックの要素も含まれているだろうし、私の知らない音楽と感性で埋め尽くされているので勉強不足の自分には突っ込んで書くことができなかったです。ルーツミュージックを極めようとして、結果10年後の最先端をいったようなアルバムになっていると思うし、その物語性も洗練されいて、簡単に消費されることはないはずです。
また、方向性こそ違えどarctic monkeys『tranqility base hotel & casino』ともなにかリンクしそうな気も…?
じっくりと楽しむこととします。

#suchmos #レビュー  #

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