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こんな本を読んだ

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趣味嗜好に極めて偏りのある私が読んだ本について書いていきます。
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記事一覧

不穏な本

アンナ・カヴァンの亡くなる前年の遺作 Ice(1967)『氷』。約四半世紀ぶり(2008)に復刊し単行本化され、“忘れられた作家”は不死鳥のごとく甦り、さらに、ちくま文庫より再復刊(2015)の機会を得て、今21世紀にこそ注目に価すると、まるで地球の終末を予見するかのようなビジョンに再発見・高評価の動きを見せているという。ようやく時代が追いついた感ひとしお、作家の最大最良の理解者である翻訳者・編集者・紹介者の喜びが大いに伝わって来る作品と言える。 まさに現代、目下いよいよ危

こみあげる本

The Gifts of the Body (1994) 『体の贈り物』連作短篇(本書)は、2001年に当初雑誌始動でマガジンハウスから刊行され、2004年に新潮より文庫化。2020年にはその版を5刷重ねている。ほとんど無名の海外文学作家が雑誌にいきなり周年記念号などの特集で起用登場することは珍しく、それは一重に高い信頼と人気を集める日本においてはもはや別格の翻訳家、柴田元幸氏の審美眼と熱量に負うところは多い。 淡々とした情景描写と簡単な会話のみで書き進められていく、書き過

既視感のある本

1924年カフカがこの世を去り、奇しくも安部公房が生を受けた。カフカ没後100年、安部公房生誕100年にあたる今年2024年、その4月に、あのポール・オースターが亡くなった。カフカの魂は何度も衝撃と共に姿形を変え国境を越えてこの世界に現れる。 The Invention of Solitude (1982) 『孤独の発明』の出現。その言葉、表現に私たちは打ちのめされた。カフカの再来と騒がれ、アメリカ文壇はもちろん、海を越え、本人が望むか否かに関わらず、いわゆるニューヨーク三

物理脳に触れる本

1905年、26歳のアインシュタインがまさに次々と論文を発表した輝かしい年、その「時間」の概念に取り憑かれていた彼が見たであろう30通りの時間軸の異なる不可思議な夢。 夜明け6時あたりのプロローグから始まり幕間の間奏寸劇のように挿まれる、ほっと現実に戻る親友ベッソーとのひと時からなるインタールード、そして出勤時間を迎える午前8時頃のエピローグで幕を閉じる。 実際アインシュタインが勤務していたというベルンのスイス特許局が舞台。徹夜明けなのか、たった2時間の間に約2ヶ月半もの

夢もの本

イタロ・カルヴィーノ、ウンベルト・エーコと並んで、20世紀イタリアを代表する作家であるアントニオ・タブッキの『夢のなかの夢』を読んだ。2012年3月25日の朝、リスボンでその68年と6ヵ月の生涯を閉じたと訳者の言にあるから、ほんの十数年前まで同じこの時代に息をしものを書いていたわけで、どうもその作風からか偉大さからか現代ではなく、もっと以前に生きた作家のように感じられてならない。 愛娘から贈られたという手帖に、20の夢を綴った連作断章短篇から成る本書、Antonio Tab

癖の強い名翻訳本

驚くばかりの博識で知られたというマルセル・シュオッブ(1869〜1905/享年37歳)は十九世紀末のフランスの作家。 礒崎純一氏の解題によると、シュオッブは死後、とりわけ戦後(第二次世界大戦後)の長らくは、ほとんど忘れ去られていた存在。それが、今世紀のあたま頃から実に目覚ましい復活を遂げたのだという。 目立たないながらも、大正期からこの名文家の誉れ高いシュオッブの作品には、日本の名だたる仏文学者や詩人、作家たちが、腕をふるってまさに「彫心縷骨」、洗練の極みを凝らして翻訳を

植物に学ぶ本

思考・嗜好とは不思議なもので、単に表紙やタイトルに惹かれて手にしたものでも、書かれている内容が前後に読むものとびっくりするほどリンクしていることが多い。それは私が学者の本を好んで選ぶことに起因するせいかも知れないが、全く前知識なく、初めて訪れた書店やWEBサイトでも起こり得るので面白い。 この新しい出版社「生きのびるブックス」から2022年11月に初版発行され、2023年2月既に第4刷りとなる藤原辰史の『植物考』。カバーを飾る美しい強さのみなぎる薔薇は自宅に着いてから石内都

佳い本

とにかく最初は、その絵が綺麗で、その線の美しさに惹かれて、初めて入ってみた小さな本屋で、ドキドキして、少し店内が混んでもいたので、次に来た時に買おうと心に決めて、翌週またジムのプールの帰りにその本屋「本と羊」に寄ってみた。 土日に作者のイベントを控えてか、天井近くの壁にその「菓の辞典」のページが拡大され(原画だったのかも知れないが)、いくつかパネル展示されていて、つくづく素敵に思えて、すぐに1冊手にとって、もう1冊別の薔薇が表紙の本も気になっていて、2冊抱えたまま、ようやく

ともしびの小冊子

画家の山口法子さん、雑誌制作の久世哲郎さんが企画・編集された、日本国憲法の小冊子。扉を開くと、すぐに子規の歌に導かれる。 「真砂なす 数なき星の 其の中に 吾に向ひて 光る星あり」正岡子規 それぞれの書き手の話がまるで夜空に輝く一つの星のごとく、そっと読み手の心に光を灯してくれるような、そんな小さな本。人の気づき、道しるべ、星となるのは、まさに、こんな、わずかな枚数の紙片から成る小さな冊子からはじまるのだろうと改めて思わされる。 憲法を語ろうとすると、改憲か護憲か、右か

遅読を強いる本

もともと本を読むのは遅い方だが、無駄な抵抗のように理解しようとして読み挑んでいるような場合は、今回のようにさらに遅くなってしまう。まだ、現時点で第Ⅰ部しか読めていない。わかるとわからないに関わらず、時々賢者の言葉で脳味噌を浸し洗い流したくなる習性がある。この本も正直なところそんな具合で、Amazonのおすすめに上がって来て、表紙の蝶に惹かれてつい手をのばした感が否めない。 「・・・人びとが未来に確実性を求める根拠は、神学的なものでも、政治的なものでも、科学的なものでもありう

救われる本

今世紀も未来も文学を諦めたくない、見限りたくはないから、最近出版されたものでも台湾や中国、メキシコ、南米、アフリカなどでは良い作家や作品にも出会えたので。前回までの落胆が大き過ぎたので、本当にすがるような気持ちで、このイスラエル短編傑作選を手に取った。 もちろん古典(旧約聖書や民話)由来のスピンオフやショア(絶滅政策)やキブツ(生活共同体)経験者となれば前世紀からの作家がほとんどだが、希少な優れたオリジナルのアンソロジーで、やはり海外文学は翻訳者の手腕に拠るところが非常に大

寄せ集めの本

もっともらしい言葉が綴られるが、騙されてはいけない。『夢』はそう簡単には操れないからだ。巨匠たちには遠く及ばない、ここで彼等の名を挙げないのは、一緒に論じては、その名を穢してしまいそうで申し訳ないし、はなはだ悲し過ぎるから書きたくない。 「夢だけが、古いものを閉じて新しいものを開いてくれる。」 「夢にはいつだって意味がある。夢はけっしてまちがわない。現実世界は夢の秩序にはとうていおよばない。」 「夢は、この世界で所有権の及ばない唯一のものだ。この地上のどこであろうと、眠る人

気の滅入る本

人が瓦解していく、崩壊していくといえば、否が応でもベケットが散らつく、しかし、そこまで完成されていないし高尚でもない、次元は低く下世話でもある、ある意味ライトで逆に説明過多で平凡だ。 果たして、この作家、本物だろうか?と読後も半信半疑のままだ。訳者があとがきに語るような心が軽く救われる心境や喜びが湧くような気持ちにはさらさらならなかった。左巻きになった業界人くずれの使えなくなったインテリ気取りのジャーナリスト臭が強すぎて、文章が素直に入って来なかった。 「自分は、自分の心

不屈の魂の本

読みたいというわけではなく、やはり読まなければ、読んでおかなければならないのだろうなとかなり消極的な思いで古本屋から取り寄せたユルスナールの『黒の過程』L’Œuvre au noir. 1968年発行(白水社2008年新装版)。 1951年にフランスで発表した『ハドリアヌス帝の回想』で国際的な名声を得た後、68年『黒の過程』でフェミナ賞受賞。80年、女性初のアカデミー・フランセーズ会員となったマルグリット・ユルスナール(Marguerite Yourcenar)。筆名「Yo