勝手にアニメキャラのセックスを想像してみた

第15回 真手凛-1

「おーい凛、こっちこっちー」
私の姿を見つけた男性が、ホールの入り口付近で大声を上げる。
「こんなところで大声を出さないでよ。みっともないったらありゃしない」
「ハハハ、ごめんごめん。でもここは沢山人がいるだろう? ちょっと大声を出さないと、気づいてもらえないと思ってさ」
私を呼びよせた男性の名前は岩崎浩二。所属部署は別だが、同じ会社に勤務する同僚である。
そして、ここは池袋にある東京芸術劇場。
私と浩二はデートがてら、ここで開かれる演奏会を聴きにやってきたという次第だ。
今日開かれる演奏会は、日本人の女性としては初めて、海外の指揮者コンクールで優勝した神崎優子指揮・東京フィルハーモニー交響楽団の演奏会。
当日は
・魔法使いの弟子(デュカス)
・ヴァイオリン協奏曲第3番(サン=サーンス) ソリスト:宮園かをり(Vn)
・幻想交響曲(ベルリオーズ)
という、彼女が得意とするフランス音楽で構成されたプログラムが上演された。
美人で舞台映えするスタイルの持ち主であり(結構グラマラスだ!)、頭の回転も速い若手指揮者である彼女は、日本クラシック界の希望の星である。
当然日本のメディアが放っておくはずがなく、特にコンクールで優勝後の数ヶ月間は専門誌は言うに及ばず、週刊誌や新聞、果ては女性ファッション誌にまでに登場した。もちろんテレビ局からも出演依頼がが殺到したが、彼女は日本のテレビ局にいい印象を抱いていないようで、出演依頼を全部断ったことでも話題になった。
もちろん彼女のことをよく思っていないメディアもあり、彼らは彼女の男関係を探っているらしい。私は一緒に仕事をしたことはないが、コンクールでは優勝と同時にオーケストラ賞と聴衆賞も併せて受賞しているから、統率力も優れているのだろう。私も機会があったら、是非一度一緒に仕事をしたいなと思っている。
今日の演奏内容だが、期待に違わぬ素晴らしいものだった。緩急を大胆に使い分け、細かいところにまで神経を使った繊細なニュアンス、弦楽器の透明感溢れる響き。そして低音楽器が作り出す力強い音色は、機会があったらもう一度聞きたいと思った。
ヴァイオリン協奏曲では、ソリストを務めた宮園の演奏が圧巻だった。中・高時代に大病を経験し、一時は死の恐怖を味わったという彼女の演奏からは、生きること、人を愛することの素晴らしさがひしひしと伝わってきた。
私は以前のコンサートで、デビュー間もない彼女が、同じ曲を演奏するのを聞いたことがある。今回の演奏は以前のそれとは全く別の曲に思えるほどで、クラシック音楽というのは、演奏者の人生経験がもろに出るものであるということを実感した。
協奏曲の最後の音が鳴り止んだ瞬間、聴衆は一斉に立ち上がり、指揮者と聴衆を称える拍手とブラボーの歓声が、会場内に鳴り響いた。舞台は、ソリストと指揮者に贈られた花束で埋まり、あまりの多さに移動もままならなかった。ファンの想いは宮園にも伝わっていたようで、彼女の目からは涙が溢れているように見えた。
協奏曲の演奏が終わり、コンサートは20分間の休憩に入った。浩二と一緒にホワイエでコーヒーを飲んでいたら
「まてりーん、お前も来ていたのか」
私に声をかけたのは、会社は違えど同じ出版業界で働く田中あすかである。
彼女以外にも、大手広告代理店でイベント部門の部署にいる傘木希美と真鍋和、そしてこの劇場で働いている芹澤直子、新進気鋭の演出家・プロデューサーである城ヶ根御前が、あすかと一緒にいた。直子と希実は、劇場での仕事で付き合いがあり、あすか、久美子、和の3人は、は近々公開予定の映画「栄光からの転落」の関連イベントと宣伝を担当している。
「やっぱり、プロはすごいなあ。いくら凡人が努力を重ねても、あの境地にはどうがんばっても届きそうにないや……」
ぼそぼそと、希美がつぶやくと
「そうだね、私たちとは見えてる風景からして違うのかもね」と、あすかも答える。
直子はコーヒーを飲みながら、二人のやりとりを黙ってみていた。
あすか、希実、直子の3人は、高校時代吹奏楽部部員だった。あすかと希実は高校の先輩・後輩という関係で、担当楽器はあすかがユーフォニアム、希実がフルート。直子はクラリネットを担当していた。
彼女達は全日本吹奏楽コンクール出場経験があり、あすかと希実は、銅賞を受賞している。直子は残念ながら賞を獲得できなかったそうだが、全国大会に出られたことは、彼女達にとって今でもいい思い出だそうだ。
とはいえ、彼女達の高校時代は苦労の連続だった。あすかと希実は、部活の運営方針について、顧問とチームメートがもたらしたいがみ合いに苦しめられた。そのため、希実は部の雰囲気がイヤになり、一時期吹奏学部から離れていたことある。だがそのことで、親友との間に距離が生じ、それを埋めるために苦労したそうだ。
直子はもともとプロのクラリネット奏者を目指しており、小学生の頃から学校行事を休んでまで、自分の夢を追い求めてきた。そのため、学校の吹奏楽部は「ヘタクソの集団であり、自分たちと比べられるのは甚だ不愉快」と思っていたそうだ。
ところが高校一年の三学期になって、彼女を悲劇が襲った。突発性の難聴に襲われたのである。
授業が聞き取れず、クラスメートとの会話でも聞き違いが多くなり、クラスでも孤立した彼女は「引きこもり」の状態になった。プロの楽器奏者を目指していた彼女にとっては致命的な出来事であり、一時は悶々とした日々を過ごしていたという。
だがそんな彼女を精神的に支えてくれたのが、吹奏楽部の部員たちと顧問だった。
3学期の補習を受けていた彼女は、装着していた補聴器を校舎内で紛失したことに気づいた。難聴だと知られるのがイヤだった彼女は、補修前の時間を利用してそれを探していたが、その様子を部員たちに知られてしまった。
残念ながら補聴器は壊れた状態で見つかり、彼女が難聴で、将来の相談のために吹奏楽部の顧問に相談していたことも、部員たちに知られることになった。吹奏楽部への入部を勧められた直子だが、プロ奏者を目指してきたのに、それが絶望的だと知って「吹奏楽部でもいいから居場所を見つけよう」と考えていた自分が、その中に入るのは失礼だという思いから、しばらくの間は外から部員たちにアドバイスをするにとどめていたが、後に自分の意思で入部した。
彼女の苦悩の原因となった耳の具合だが、右耳は完全に失聴したが、左耳は懸命に治療した結果、日常会話には差し支えないところまで回復した。それでもまわりが騒がしいところでは会話が聞き取れないこともあるため、今も補聴器が欠かせないそうである。
「それにしても、高校時代あんなにヘタクソだった人間が、今オーケストラの団員として舞台に立っているなんてねえ……」
直子が感慨深げにそうつぶやいたのは、高校時代の吹奏楽部時代のクラスメートが二人、今日の舞台にいたからだ。フルート奏者の穂村千夏と、ホルン奏者の上条春太である。
高校時代の千夏は、直子にいわせれば「なんでこの程度の人間が、吹奏楽部にいるの?」と思うくらいに下手くそな人間だったという。だから彼女が音大への進学を希望したと知った時には「ふざけんなバカヤロー」と思ったそうである。だが中学時代のバレーボール部で養われた彼女の根性は、直子の予想を遙かに超えていた。
「実技も学力試験も、到底合格レベルに遠く及ばないとワタシは思っていたんだけどねぇ……まさしく『奇跡』という言葉は、彼女のためにあると思ったわ」
「なにそれ? 興味あるなあ~。ひょっとして『恋の力』ってヤツですか?」
ニヤニヤしながら、あすかが突っ込んでくる。
「そうそう、まさにそれ」直子は苦笑しながら返事をする。
「好きな男が音大志望だと知って、彼女も必死になって勉強も練習もがんばったのね。『愛の力』という概念はそこかしこで聞くけど、まさか自分のみのまわりでそんなことが起きるとは、考えてもしていなかったな」
「『愛の力』か~。すげーなー」浩二が、驚いたような口調で返事をする。
「で、誰と付き合っているの?」
「上条春太。同じオーケストラでホルンを担当している」

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