Naked Desire〜姫君たちの野望

第一章 心の壁-22

だが、この安定した治世も長くは続かなかった。アインハルト5世から数えて5人目のプレアガーツ家出身の皇帝クラウス=フォルクハルト3世は若年で即位した上病弱だったこともあり、政界ならびに宮廷での佞臣の跋扈を許した。
不幸なことに、この皇帝はあまり政治には興味を示さなかった上、このころから極右思想にかぶれた人たちが、急速に勢いを増すようになった。このころの市民は賢かったから、議会では彼らの政党が国会内では少数派に止まっていたが、それならばとばかりに彼らは、この国の貴族、経済界、軍部など既得権益層と固く結びつき、この国の実権を握ろうと、虎視眈々とその機会を窺っていた。
だが彼らにとって最大の誤算は、自分たちが「暗愚」と思っていた皇帝が、周囲が思っていた以上に「賢君」だったことだ。
皇帝はこの事態を想定して、内務省保安局、連邦情報局の人員を宮廷内に配置し、あやしげな行動をとる廷臣をリストアップしていたのだ。
クラウス=フォルクハルト3世が玉座にいた10年あまりのうち、そのほとんどの機関で彼ら佞臣の動向を探っていたというのだから、この企てがいかに長期間にわたり、用意周到に練られていたかがわかろうというものだろう。
佞臣たちの陰謀は、土壇場で水泡に帰した。関わった廷臣の多くは身分を剥奪されて全財産を没収され、「平長屋」という名の屋敷型刑務所に閉じ込められ、その中で生涯を終えた。
そして彼らの子孫には、さらなる苛烈な処罰が待っていた。一切の公職に就くことや改名を禁じられただけでなく、一般人なら明らかに「プライバシーの侵害」で訴えられるようなこともされた。そのことが後々禍根を生むことになるのだが、その話はひとまず置こう。
クラウス=フォルクハルト3世は一連の顛末を見届けた後、玉座を彼より人望があるゾンネンアウフガング家当主の長男を皇太子に指名すると、彼の即位を見届けたのち、誰にもいわずに宮殿から去った。その後の彼の消息を知る人間は、この国にはいない。
ゾンネンアウフガング家から新しく皇帝になったセザール=ソクラテス5世は、没後半世紀以上たった現在でも、「公邸の中の皇帝」といわれるほど、国民から慕われている賢君である。
人材登用ではえこひいきを嫌い、袖の下を使う家臣を遠ざける方針を徹底した。
外交面では国際協調に基づく平和外交主義を掲げ、他国への軍事介入極力避ける政策をとった。
内政面では教育制度を改革し、貧困層でも、グランゼコールに進学しやすいように、奨学金制度を充実させた。このころ保守・極右勢力が聖書と道徳を必修科目にするよう運動していたが、彼は最後まで復古派に、厳しい態度をとり続けた。
スラムの居住環境を大幅に改善し、自然エネルギーの割合を大幅に増やした。刑務所の待遇を改善して矯正教育に力を注ぎ、公的書類にトランスジェンダーの項目を明記し、中絶の自由を合法化した。
経済面では企業利益や投資利益に対する課税を強化することで、階層格差の縮小に努めた。彼が導入した政策は数々の実績を上げ、国内の治安は安定し平和が訪れた。
彼が85歳で薨去したとき、大勢の国民が涙しただけではなく、外国の首脳も続々と哀悼の意が示された。彼の国葬は全世界中の国家の首脳や国際機関の代表が参列し、国内各地からも、大勢の国民が国王との最後のお別れにやってきた。それだけで、この国王が、世界中らか尊敬の念を持っていたかがわかるだろう。
しかしわが国の苦難は、彼の死とともにはじまった。後を継いだ長男エッケハルト4世は、先代国王とは比べものにならないほど無能で、国内統治よりも皇帝権力の拡大しか頭になかった。おまけにこの皇帝は、事あるごとに下層階級を見下す発言を繰り返した。階層格差の拡大と治安悪化に並行して、外交面でもきな臭い雰囲気が漂うようになった。
このことに危機感を持っていたのが、彼の長男で皇太子だったヴィルヘルムである。政策面でことごとく父と対立するその姿勢は「王室の良心」といわれた。しかし不幸なことに、彼は27歳の若さで不慮の死を遂げるが、今もなおその真相は闇に覆われている。
彼の死後、その弟が皇太子になり、5年後皇帝として即位した。それが現国王で私の祖父であるアルトゥール3世である。
はっきり言って、アタシはこの祖父が大嫌いだ。彼が自分に諫言する人物を遠ざけ、素性のあやしげな人間を登用したおかげで、今の宮廷には逼塞感と絶望感が漂っている。おまけに我が国は立憲民主制を敷いているにもかかわらず、祖父は取り巻きを使って議会に圧力をかけていた。そのため、議会は機能不能寸前に陥っていた。

アタシがベッドの中で背伸びをしていたら、立体表示機のアラームが鳴った。
ボタンを押すと、立体ディスプレイに一人の貴婦人が映し出された。

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