Naked Desire〜姫君たちの野望
「なになに……うわぁ、なんなのこれ?」私は、見ている風景が、どす黒い雲で覆われる感覚に襲われると
「はいはい……げっ、なにこれ……」と、フリーダの身体が硬直し
「ねえ、いくら何でもひどくない、これ……」抑えた口調で話すアネットだが、彼女の全身からは、苛立った憤りがわき上がるのが見て取れる。
私たち3人の目に飛び込んだのは
「『神聖』なる帝国の皇女達の、ふしだらな異性関係」
というタイトルのゴシップ記事だ。
「よくもうまあ、こんなでたらめ記事をネットにあげられるわねえ」フリーダは、殺気を帯びた声で呟く。
記事掲載先が個人サイトだったら、諜報機関のサイバー担当部門に命じて、サーバー管理会社に削除申請メールを送付すればいい。無視されたら、何らかの法律を適用して、会社を摘発すればいいだけの話だ。
だが、件の記事が掲載されたサイトの運営者は、我が国有数の歴史を誇る出版社だ。
21世紀から衰退傾向にあった書籍出版業界は、最先端のIT技術を積極的に導入した結果、大きく形態が変わった。私たちの時代の出版物は、ネットからダウンロードして購読する「電子書籍」が大部分であり、紙を使った出版物である「紙媒体」は、全発行書籍の2割ほどである。
そして昔「雑誌」といわれた出版物は、今では趣味や料理、学術関係の分野を扱ったものしか発行されていない。店頭で購入できる雑誌は、隔月刊が大部分を占め、月刊誌はごく少数だ。学術系の雑誌だと、発行が3ヶ月毎や半年毎というものもある。
雑誌の主力を占めていた「週刊誌」は、ニュースサイトに取って代わり、名前を残すのみになった。速報性でネットに劣る上、取材に手間暇をかけても、売り上げに繋がらないからだ。それだったら、多少信憑性に乏しくても、煽動的な見出しを掲げた記事を載せた方が、閲覧数を稼げる。そのためならば、記事の信憑性は二の次だ。
そんなわけで、現代のニュースサイトは、中身のない「飛ばし記事」が大部分を占める。もちろん、新聞社が運営しているサイトも存在するが、こちらはほとんどが有料で、しかも購読料が高い。購読者の大部分は、大企業に勤める社員を中心に、自治体職員や専門職など、高い購読料を払える上位中流階級以上に所属の人たちだ。だからニュースサイトの主な購読者層は、学歴や収入があまり高くない人たち、ということになる。
「どこぞの姫と名家子弟のである某が○○○で△△△」といった、およそ真っ当な感覚の持ち主だったら、嫌悪感が湧いてくるような字面が、紙面のいたるところを飾っている。記事に添えられる写真も、関係者が見たら一目で捏造とわかる代物だ。もちろん著作権は侵害され、脚注もデタラメ、というのがほとんどだ。
「頭が痛くなってくるわ……下層階級の連中って、こんな記事で溜飲を下げているの?」
額に手をやりながら、フリーダが嘆く。
「しょうがないわよ。これが現実よ。お金があれば、新聞社が運営するサイトを購読したいと思っている下流階級の市民も、大勢いるんだけどね」
諭すようにフリーダに返事する私に対し、彼女は「だったら、彼らものし上がればいいじゃない」と、強い調子で反論する。
「そうは言うけどさ、あなただってお母様の針仕事が、宮内省関係者に認められたから今の生活を送れているんでしょ? そんな子、めったにいないよ」
「そんなことわかっているわよ。でも……」と言いよどむフリーダ。
アネットは私たちのやりとりを、眉を動かさず、口角も上げずに聞いている。大公国令嬢の彼女には、今私たちが話していることの半分も理解できていないだろう。
「ねえ二人とも、いい加減食事にしない? 紅茶、冷めちゃったじゃない」
アネットの呼びかけに、二人はハッとして時計を見る。時計は、13時を10分近く経過したことを表示していた。
しまった、すっかり忘れていたと私が言えば、「腹が減っては戦はできぬ」っていうもんね。とりあえず食事にしようと、フリーダも応える。3人はナプキンで手を拭くと、少々パサついたサンドウィッチを口に放り込み、それをほとんど冷めた紅茶で流し込んだ。
アダルベルト事務局長が私の執務室に姿を現し、冒頭のやりとりをしたのは、私たちが食事を終えてから10分も経っていなかった。
「トゥで頭を踏みつけただけじゃなく、それを口の中に入れようとしたそうね、マリナ」
アネットは2杯目の紅茶を一口すすると、バイオレット色のカップをソーサーに置いた。鋭利で容赦のない視線を私に向けると、いささか尖った口調で私に話しかける。
その言葉を聞いた私は、さっと視線をフリーダに向けた。「あのこと、話したの?」と問い質すと、彼女も「隠せるわけないでしょ? これ以上、私の評価を下げさせないで」と、両眉を上げ、憎たらしげな口調で言葉を返す。私は、返答に窮した。
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