Naked Desire〜姫君たちの野望

第一章 心の壁−21

「う、う、うーん」
アタシは裸のままベッドの中で両腕を上げて、勢いよく身体を伸ばした。
デジタル時計の表示は、朝の6時20分を過ぎていることを示している。
自分の左側に視線を向けると、隣で寝ているはずのオトコがいない。
なぜ、オトコが隣にいたのかって? そんなの決まってるじゃない。楽しんでいたからよ。
さて、ここで自己紹介といきますか。
アタシの名前はマルガレータ・ハンナ・オクタヴィア・マルゴット・フォン・ウーラヌス=ホッフンヌング。神聖プレアガーツ=ホッフンヌング連邦帝国の皇太孫だ。
私たちの時代、世界情勢がどんなものであるか、これから話すね。
アタシの故国・神聖プレアガーツ=ホッフンヌング連邦帝国は400年以上の歴史を持つ国である。
21世紀まで欧州大陸は、ドイツ、イギリス、ロシア、フランスなどと呼ばれる国家に分かれていた。ところが22世紀になると、経済、政治、文化のボーダーレス化が進んだことに加え、各地で台頭した民族主義のために、各国政府は混乱状態に陥った。
そうなった原因は、絶望的に広がった格差問題と、難民・移民問題である。右派・極右派政党は議会選挙で、格差問題解消を口実に移民・難民の排斥を選挙公約に掲げた。しかし、彼らのほとんどがファシズムを土台にしていたため、左派政党や知識人たちはこれに反発した。左右の対立は年を追うごとにエスカレートし、議会は紛糾した。
各国の政権は少数連立内閣か、極右の独裁政権に二極化した。前者はほとんどが1年未満、長くて2年持たずに内閣総辞職に追い込まれ、後者は反対派を徹底的に弾圧した。治安の悪化、そして未来の見えない社会に絶望した市民たちは、各地でテロ行為に走った。
政府の強権的な手法は、さらなるテロを生んだ。最初は「国家対市民」という構図だったが、年を経るごとにそれは「民族対民族」の対立に移行した。こうなるともはや、旧来の国家は意味をなさなくなる。だったらいっそのこと、同じ民族同士で一つの政府を作ってしまえ。騒乱勃発から100年以上経つと、多くの市民はそう考えるようになった。
不幸なことに、欧州以外でも同時多発的に戦争や紛争、そして内乱が立て続けに発生したため、我々の争いを調停する国家は地球上に存在しなくなった。その影響で、国連をはじめとする国際機関も機能停止状態に陥り、事実上崩壊した。
亡命したくても、逃げる国がない。地球上にいくつかあった永世中立国も混乱に巻き込まれ、その存在は名ばかりのものになった。
終わる気配のない紛争で、財産を失う富裕層も多かった。
そして生活に困窮する階層は、ひたすら紛争が終わるのをただ祈るか、自ら戦闘に身を投じるか、細いコネを頼って我が身の安全を図るか、権力者に媚び諂うか、あるいは「敵」と認定された勢力にスパイとして潜り込むかという、不毛の選択を迫られた。
そうしなければ、無実の罪を着せられて処刑されるか、テロや戦闘に巻き込まれるかして非業の最期を遂げることになるからだ。自殺や一家心中という形で、人生の幕を閉じた人たちも大勢いる。
200年以上続いた欧州の混乱状態は2420年、3つの帝国に別れる形でようやく終わった。
イギリスを中心に、スカンジナビア半島、バルト海の国を統合した北海・バルト連合王国。
フランス、イタリア、スペイン、ポルトガルなどの国家を統合したラテン帝国。
そして、ドイツなどのゲルマン系国家、ロシア、スラブ系東欧諸国を統合して成立した神聖プレアガーツ=ホッフンヌング連邦帝国。
3つの国がいずれも王室・皇室を頂点にする形で発足したのは、事態収拾にあたって、欧州の貴族が中心になったからである。この時代の庶民はほとんどが紛争の犠牲になり、この階層で指導層になれる人材がいなかったからだ。
国名に冠している「ホッフヌング」とは、ドイツ語で「希望」という意味だが、人もカネもモノもない状態から、新しい国家を一から立ち上げるのは、並大抵の苦労じゃなかっただろうな、と思う。
実際、建国から100年ほどは混乱状態を引きずっていたみたい。政治など指導層の暗殺も頻繁に起こり、時には宮廷を巻き込んでの軍事クーデターもあったそうだ。この混乱状態は、私の祖先であるウーラヌス家出身のアインハルト・フレデリック・ルードヴィヒ・フォン・ウーラヌスが、皇帝アインハルト5世として即位するまで続いた。
2630年に即位した皇帝アインハルト5世は、たぐいまれな手腕を発揮して国内の混乱を収拾し、格差問題や民族問題など、長年の懸案事項を解決し、国民の絶大な支持を得ることに成功した。プレアガーツ家はアインハルト5世薨去後も4代連続で皇帝を輩出し、有能な大臣や議員たちに恵まれたこともあり、その後は安定した治世が続いたのだった。

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