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「一億円の壁」逆進性は金融所得だけじゃない

岸田新総理が就任しました。総裁選の中で主張していた分配策である、「金融所得課税の見直し」は、なんとなくトーンダウンしたように見えます。投資をしていない人たちからは課税強化を求める意見が多いですが、なけなしの給料からコツコツ投資をしているような人は、戦々恐々?怒り心頭?のようです。

金融所得に対する不公平感は富裕層が対象で、あまり庶民に影響するわけではありません。ところがその一方で、庶民に直接影響する「逆進性」が他の税制に存在します。生活が苦しい主な原因は、むしろこちらです。

そのことを、順を追って説明していきたいと思います。

「一億円の壁」とは

何となく「富裕層が税金を払ってない」、というようなイメージの言葉ですが、日本の所得税は累進課税のはず。なぜ富裕層はあまり税金を払わずに済むのでしょうか?

それは、金融所得の割合が増えるからです。下図は、住民税を含まない所得税だけのグラフですが、所得1億円をピークにそこから下がっていて、100億円以上の所得がある人の実質的な税率は15%付近になっています。

これは、金融所得の所得税が、一律約15%だからです。(それに加えて、住民税が5%かかります。)

所得税は累進課税のはずですが、金融所得に関しては「分離課税」として別勘定の所得となり、その部分は累進課税にならず、一律のパーセンテージの税金になります。累進課税分(総合課税)と金融分離課税の税率を合算した場合に、下グラフのように、高所得者が低税率になるという逆転現象が起きます。

こういう現象を、「逆進性」と言います。累進性の逆なのですが、累進性とは、所得が大きくなるにつれて税率が高く設定されており、格差是正に役に立つ性質のことを言います。つまり、逆進性とは、金持ちを優遇し格差を拡大する税金の性質のことです。

これが「一億円の壁」の意味です。

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第19回 税制調査会(2018年10月23日)資料より

問題は所得税だけじゃない

「1億円の壁」は、所得税から見た現象ですが、これは問題のイメージを端的に表した一例にすぎません。富裕層に対する不公平感はありますが、我々庶民の所得税率自体は高くありませんので、どちらかと言えば他人事です。

「富裕層からたくさん税金を取れば、我々庶民の税金は軽くなるのではないか」という声も聞こえてきそうですが、それは違います。税収というのは、政府支出の財源ではありません。実際には、政府支出は通貨発行によって行われており、税の徴収は通貨の回収のために行われています。税収と政府支出がバランスする必要はないので、「他の人から税金を取ってくれれば、自分の税金を少なくしてもらえる」と考えるのは誤りです。

しかしながら、金持ちがより金持ちになりすぎないようにする必要性はありますし、インフレにならないように通貨の回収を適量行って調整する必要性もあります。そのために所得税は本来、累進課税となっているのです。金持ちからたくさん取って貧乏人からは取らない、好景気のときにたくさん取って不景気のときには取らない。これが税の基本です。

ところが、前述の金融所得の分離課税の問題により、その累進性が損なわれているというのが問題です。

実は、逆進性のある税金は他にもあって、我々庶民にとってはむしろそちらの方が大きく影響しています。それが、社会保険料と消費税です。

逆進性その① 社会保険料

社会保険料はものすごく逆進性があります。所得ではなく収入(標準報酬)に応じて、約15%弱徴収されます・・・給与明細上はそう見えます。

ところが、社会保険料は労使折半のため、給与明細上の社会保険料のほぼ同額を、会社も負担しているのです。

例えば、年収400万円(配偶者控除あり)の場合、社会保険料は60万円弱です。給与明細上は、60万÷400万=15%となっていますが、会社の人件費の観点から見ると、社会保険料の負担率は120万÷460万=26%となります。

給与年収400万円人の所得税+住民税は20万円程度ですから、一般的なサラリーマンにとっては、社会保険料の影響の方が格段に大きいです。

しかもこれ、年収1000万くらいで年金保険料が頭打ちになり、1500万円超えたくらいで健康保険料も頭打ちになります。つまり、どれだけ高所得者であっても、一番上の等級を超えてしまえば金額が一定なのです。強い逆進性がある税金です。

しかも、金融所得の分離課税分は、社会保険料の計算には入りません。

協会けんぽ

ところで、「社会保険料は税金ではないのでは?受益分を負担しているだけだからしょうがないのでは?」という声が聞こえてきそうです。

ところが、それは違います。公的な年金や健康保険は、そもそも納付総額と支給総額をバランスさせる必要がありません。税収と政府支出のバランスが不要であるのと同じです。足りなければ国が通貨を発行して差額を補填すればよいからです。

つまり、支給に必要な保険料を徴収している体で、実際には税金と同様に通貨を回収しているだけ、というのが本質なのです。これはすなわち、社会保険料も実質的には税である、ということです。

実は、庶民にとって最も苦しい負担である社会保険料は、逆進性の高い悪性の税金だったのです。

逆進性その② 消費税

消費税は、実質的には付加価値税です。「消費税」という名前なので、消費にかかる税金だと誤解されていますが、実は『付加価値=人件費+利益』に課税されるものです(詳細は消費税の記事参照)。人件費というのは、額面給与に加え社保の会社負担分も含まれます。その合計対して、10%の税金がかかっています。(給与も社会保険料も不課税取引)

例えば、額面年収400万円(既婚子なし)の例では、手取りは320万円程度になります。ところが、前述のとおり、会社にとっての人件費は、社保の折半分があるため、会社にとっての人件費は460万円くらいになります。

消費税は、実質的にはこの460万円にかかっています!

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つまり、人件費に対応する分の40万円くらいの消費税を、雇い主の会社が支払っています。460万円に消費税をプラスすると、500万円程度になります。従業員から見れば手取り320万円のところ、会社から見れば約500万円の実質負担となっている、というのが額面年収400万円の人の実態です。

社長の人件費の負担感と、従業員の手取りの満足感には、かなりのギャップがあると思います。これでは、正社員ではなく派遣社員の方が得だと思うのは当然でしょう。どうりで非正規雇用がふえるわけです。

しかも、消費税がかかるのは、所得税の各種控除を引く前の金額ですし、逆進性の高い社会保険料とも連動します。きわめて厳しい税金です。

おまけに、実質的に人件費としての負担であるにもかかわらず、給与明細からは全く見えない税金であり、消費税が実質的に人件費にかかる税金だということを知っている人すら、税理士さん等の専門家を除けば、あまりいないでしょう。

まとめ

税金の逆進性の問題について、金融所得税だけでなく他の税制についても掘り下げて比較してみました。

富裕層の金融所得の税金が一律15%(住民税でさらに+5%)というのもちょっと安いと思いますが、一般庶民の豊かさの度合いに直接関係しているわけではありません。

普通のサラリーマンにとっての問題は、むしろ社会保険料と消費税でした。給与年収400万円の税負担の全体像の概算イメージを、数式でまとめるとこうなります。約100万円を、給与明細外の税コストとして会社が負担しています。

会社負担総額500万=手取り320万+税20万+社保120万+消費税40万

額面給与400万=手取り320万+税20万+社保60万

確かに富裕層にはもっと税金を払ってもらいたいところですが、金融所得の税率を上げるなら、なけなしの貯蓄をコツコツ積み立てて投資をしている個人投資家にも影響することに十分配慮すべきでしょう。法人税と所得税の二重課税という微妙な問題もありますので、払っている税金全体が高いのか安いのかは、所得税だけでなく総合的に考慮する必要があります。

他人の払う税金は気になるところではありますが、それよりもむしろ、自分たちにとっての問題を見極めて、それを直接的に改善する策を求めていったほうが、より幸せになれるのではないかと思います。

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