ショートショート『自己実現器官』
ここはとある研究所。
ラボでは、博士とその助手が、未来の展望について話し合っていた。
「人類の未来は明るい。この『自己実現器官』の発達によって、人間は新たなステージへと進もうとしているのだ」
博士は以前、自らにある薬を投与していた。
その薬を投与すると、からだの全身の器官が自ら考えて行動し、自分だけの役割を見つけるようになる。
たとえば胃袋なら、より効率の良い揚げ物の消化方法を求めて試行錯誤を重ねるようになり、結果的に健康に貢献する。
眼球ならば、読書やPCなどの目を酷使する作業をしていると、一時間ごとに視界がぼやけ、五分間の休憩をとるように促《うなが》す。
博士はこうした、自ら考え行動するようになった体の一部分のことを、『自己実現器官』と呼んだ。
「この左手ひとつ取ってみてもそうだ」
博士は今日、自分に薬の投与を続けた結果を助手に報告しているのだった。
「わたしの利き手でない左手は、右手に比べて利便性の面でどうしても劣る。
そこで、自己実現のためにわたしの左手の器官はどんどん成長していった」
博士は自分の左手を誇らしげに助手に見せつける。
「どうだ、この缶ヅメのフタを開けるために鋭く硬く発達した長い爪」
「いや、絶対に日常生活の邪魔ですよね」
「それから、書類をめくりやすいようにと、粘液でカエルのように湿った人差し指」
「ヌメヌメしていて気持ちが悪いですね。って、その指で触らないで下さいよ。これ洗濯しても落ちないんですから」
「まあまあ、彼らはまだ試行錯誤の段階で悩んでいる、いわゆる道の途中にいるんだ。長い目で見守ってやろうじゃないか」
博士は書類をめくりながら続けようとしたが、突然その場にうずくまった。
「ぎゃあ、なんだこれは! 急に腹が痛み出したぞ!」
「博士、おそらくその腹痛も自己実現器官の行動かと」
「なんだと?」
腹を押さえて苦しみ出した博士を見て、助手はゆっくりとあごに手を当てて言った。
「手術を受けさせて経済に貢献しようという、盲腸《もうちょう》の自己実現かと思います」
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