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欲望の花道

たとえば男の人にとって、
「あなたはお金を持ってるから素敵」
と言われたら、それはイマイチ褒められた気がしないんじゃないだろうか。
一部の富豪とか、資産こそがアイデンティティと化している成金のオッサンを除き、一般的にはそれってべつに褒め言葉にならないよね?

結局、興味があるのはカネと、カネによって得られる体験なだけで、俺のことなんかどうでもいいんだなと。
恐らく自分だって同じように感じるはずなのに、

鏡越しに顔を合わせている背後の男は、
「不倫だからいいんだよ。旦那さんのことも知ってるから燃えるの」

と、私の髪を整えながら、平然と言い放った。
他人のことではない。これは私への(一応)口説き文句らしい。

ただセックスがしたいだけの相手を口説くのにも、マナーってもんがあるだろう。
と、思う。

暗に「舞台装置に燃えているだけで、お前に興味があるわけではない」と示されて、
さらに堂々と「お前の旦那に優越感を持つのが気持ちいい」と宣言されて、

まあ素敵、抱かれてもいいわ。と思う女がこの世にいると思っているのか。
半ば唖然とした気持ちで彼の誘いを毎度毎度やり過ごしているが、

「あなたのような人には始めて出会った」だの「なんでこんなタイミングで出会っちゃったんだろうね」
だのと、中年女がクラっと来そうな台詞を白々しく吐ける男の方が実際にはだいぶタチが悪く、
コンビニで煙草を買うように、「ヤラせてくれ」と明言するこいつのほうが(バカだけど)マシなのかもしれない。

そういう男としてのダメさはさておき、
まず美容師として腕が良いことは認めよう。
そして、人間としても、まあ信用に足ることも認めよう。
基本的に愚直かつ分かりやすいタイプで、見栄を張ったり、欺いたり、人を騙したり、蹴落としたりということと縁遠い奴なのだ。
つまり、職人なのだ。
思っていることしか言えないし、
根回しとかできないし、
女の好みそうなリップサービスをブッ込むこともできなければ、成功率を上げるためにアプローチに変化を持たせることもできない。

毎回毎回毎回毎回、かれこれ5年くらい顔を合わせるたびに同じアプローチで攻める様は、もはや職人芸と言えなくもない。


というか、私が太ろうと老けようと、口説きのテンションを変えないというのは、じつはありがたいことなんじゃないか。
それによって、女としての私の中の何かが支えられているってことはないだろうか。
必要としてくれる人がいる安心感。
保険屋のキャッチコピーみたいになってしまったが、
妙齢の女が卑屈にならずに、(むしろ元気に調子こいて)いられるのは、こういうジャッジの緩い男性が細く長く口説き続けてくれるおかげではあるまいか。
そう思うと感謝をした方がいいのかもしれない。

「ヤラせてくれ」と言う男がこの世から一人もいなくなっても、朗らかに健やかに誰も妬まず幸せいっぱい生きていくだけの強さが今の私にあるというのか。

これからは、承認を搾取して勝ち誇るスタイルでなく、
承認を与えてくれる人には素直に感謝をしていったほうがいいのでは。
年齢とともに変わる己の立ち位置を微調整してゆくことが、痛々しいガラパゴスババアを回避する道なのでは。。


そんなことを考えていたら年が明けた。
人間ってのは、たいがいクソどうでもいいことを考えているもんだな、という感想だけが残った。












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