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二度ともらうことのできないことば

「起きてますかー?部長!」 

前日から既読にならない元上司のLINE。
突然、不安な感情に襲われる。
そもそも、2日くらい既読にならないこともしばしばで、そんなに焦ることもないか…と一度は心を落ち着かせてはみる。

しかし彼は今年71歳、持病の治療中で最近まで勤めていたアルバイトも辞めたばかり。
これは、胸騒ぎ?

一人暮らしで、常々気にはかけている。
ご実家が遠方ということもあって、常にグループLINEに引っ張りこんでは会話して、安否確認!をしている。

わたしたちは、8人ほどの元部下で結成した仲良しグループで、元部長を連れまわし旅行へ出かけたり飲み会を開いたり、日頃からとても親しくしていたチームだ。
人柄だ、退職してもう10年以上経つのに、部長部長といまだに部下たちが集まる。人望が厚い。

いつもなら一日既読にならないくらい気にならないのだが、何故かその日のうちにTELをかけてみた。

“電源が入っていないためかかりません”

持病に耐えてがんばってきたのに、コロナには負けないぞ‼︎と言って、とても用心していた人が、こんな時に電源を切って出かけている?

わたしは関西、彼は東京。

気になって気になって、東京の仲良しグループにお願いして自宅を訪ねてもらった。
ピンポンにも出ない。
新聞も3日間くらいたまってる。

おかしい。
ご実家に急用かもしれない。
急に入院したのかもしれない。
でも、正直に言おう。
嫌な予感がしていた。

関西から自宅の最寄り警察署にTELをして相談した。
"家の中で倒れてるんじゃないでしょうか"
"身内ではないので、無理に開けることはできないのです…"
自宅を訪れた仲間たちも、警察官にお願いしたが、やはり身内でなければ開けられない。
わたしたちは、遠くの身内のお話はいつも聞いていたが、詳しい連絡先など何も知らなかったのだ。
後悔が頭の中を支配していく。

日は暮れどんどん気温が下がるなか、仲間たちはねばり続けて。
そして、やっと警察の方が親族を見つけ出し了承を得てくれた。  
やっとやっと開けてくれることになったのだ。

現場の警察相手にわぁわぁ訴えて、必死の思いでお部屋の中の確認ができるところまで尽力した、わたしたちの仲間はそこで彼の自宅から離され、警察が自宅の中を調べた結果を待つことに。

いませんように。
いませんように。
時間はカメのようにノロノロ過ぎていく。

そして、1時間後に警察→仲間から入った知らせは最悪のものだった。

1週間前まで
TELで直接お話したときは元気だったのに。
グループLINEでは
「このLINEが生きがいです」
「早くみんなに会いたいです」
と話してたのに。
「明日のお昼はすき焼きです」が最後になってしまった。

そして、身内ではないわたしたち元部下仲間には、
いつだったのかも原因も、 
いまどこにいるのか、
そしてどこへ眠るのか、
一切知らされないまま情報は途絶えた。
プライバシーという名の鉄壁に愕然とした。

本当に起きたことなの?
なんてさみしいの…

TVに
銀座の街が映ると
“ああ、三越前で待ち合わせたな”
築地が映ると
“ああ、散策して歩いたな”
浅草が映ると
“立ち飲みで飲みましたね”
新宿が映ると
“いつも京王で待ち合わせだったな”

上野にパンダ見に行きましたね。
ディズニーランドはアルコールがないと分かって早々ひきあげようって言い出して。
後楽園でのグランピング風BBQ楽しかったですね。
大人の集まりなのに、盛り上がりすぎた”伊勢や淡路島でコテージキャンプ”…昔よく出かけましたね。

そして、個人的な宝物は、
たーくさんの、沖縄の離島への旅行。
風景も美しく、思い出もひときわ美しい。

一緒に旅をする親しいものならみんな知っている、人並みならぬ几帳面な姿。
宿の主人から「お部屋をこんなきれいに使ってくれて、わたしも今後見習います、ありがとうございました」とメールがきた。
せっかちで、まず座ってる姿をあまり見ない。

アルバイト最後の日に、一緒にずっと働いていた人たちに、手作りのお弁当を届けに行っていた温かい人。
しかし、お酒が大好きで、これがわたしたちの一番の心配だった。

退職後も変わらずわたしの上司であり、
仕事のことはいつだってアドバイスしてもらい、スピーチの原稿までチェックしてもらった。
うんうんと、いつも最後まで話を聞いてくれた。
選択に迷ったときは、いつも助言してもらいに訪ねた。
いま、まさに一番相談したいことがあったんです。
部長なら、どうアドバイスくれますか?
何と言って背中を押してくれますか?

こんなにもたくさんの仲間に愛されていた、心優しいあなたが、どうしてひとりでいってしまうのですか?

ただ、ただいまは、
心の中が渦巻いて、彼がいる時間が溢れ出して、押し寄せる海の波打ち際のように、足元をすくう。

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