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ルールの厳格な寮生活のこと

高校生の時に、ルールの厳格な寮に住んでいた。
ルールの厳格な寮の、ルールの厳格な掃除のことは、以前に記事に書いた。

定期テストの最終日に半日かけて大掃除をするのも、なかなかなエピソードだと思うけれど、話題にすると驚いてもらえるような独特なルールがいくつもあった。

例えば
【お風呂場で髪の毛を洗ってはいけない】

では、どこで洗うのかと言えば、洗面所で洗う。洗面所(昔の合宿所にあるような、蛇口が3つ4つ並んだ、横に長い場所)には、シャワーがいくつか備え付けられている。髪の毛を洗う時は三角コーナー(ステンレスの目の細かいもの)を洗面台に置いて、髪の毛がそこに落ちるようにして、洗う。

寮に入った翌日、夕方の何でもない時間に、寮歴3年目の中学生が髪の毛を洗っている姿を見た。もちろん服を着たまま、洗面所のシャワーを使って長い髪の毛を洗い、タオルで髪の毛を包むと、三角コーナーの髪の毛を集めて捨て、洗面所の水滴を雑巾でぬぐい、床をスポンジ状のモップできゅきゅきゅっと拭いて、ぴかぴかの状態で洗面所を後にした。流れるような作業だった。髪の毛を洗い始めてから、片付けが終わるまで、たぶん5分くらい。

慣れてくると、短い時間で髪の毛が洗えるので、なかなか便利だ。朝学校に行く前に洗う人もいた。私は今でも、洗面台で手際よく髪の毛が洗える自信がある。

どうしてこんなルールがあるのか、明確な理由があった。お風呂場で洗うと、髪の毛が散らばるからだ。
お風呂場は毎日掃除する。お風呂当番の仕事だ。1日に2人ずつなので、だいたい2週間おきくらいに回ってくる。上級生が湯舟の中を洗い、下級生は洗い場をデッキブラシで、椅子と手桶をタワシでこする。(洗面器は、各自部屋から自分のものを持っていくので掃除対象外。)
この掃除の時に、女子ばっかり25人分の髪の毛を集めて捨てる作業が加わると、ちょっとイヤな気持ちになるかな、と思う。自分の髪の毛なら、どうってこともないが、人の髪の毛はちょっと・・・ね。
だから、髪の毛は、洗面所で洗い、落ちた髪も自分で処理する。
確かに合理的と言えば、合理的なのだ。

お風呂場と言えば、お風呂に入る時は、脱衣所の自分の棚には、かならずバスタオルをかけて覆っておかないと、上級生に叱られた。「見苦しくない」というのが、寮において、かなり優先度の高い価値観だった。おかげで今でも、温泉に行けば、脱衣所のカゴに必ずバスタオルをかけて覆う。そうじゃないと、なんか、落ち着かない。

「お静粛時間」と呼ばれる時間が、夜7時から10時45分まで。この時間は、足音も、ドアの音もたててはいけないくらい静かにする時間。だから寮生はみんな、スリッパでも足音を立てずに歩くワザを身に付けていた。

冷蔵庫の中に入れていいものは3つまで。記名必須。毎週木曜日には「冷蔵庫係」の人たちが、冷蔵庫の中のものを全部出し、1人が3つ以上入れているもの、記名のないもの、賞味期限の過ぎたものを、処分する。徹底していた。

同じく木曜日には、「洗濯物係」の人たちが、「乾いているのに干しっぱなしの洗濯物」を、干場から回収してきて、自習室に並べる。冬の時期の「洗濯物係」は、洗濯物が冷たくて、重くて、キツかった。

今にして思えば、厳格だと思っていたルールはどれも、共同生活を送るための知恵のようなものだったと思う。大人になってみれば、まぁ当然のことで、そんなに厳しくもないよな、と感じるものもある。
昨今、時折話題になるような、住む人同士が新しいコミュニティを創っていくことを目的にした寮と違って、私たちの過ごしていた寮は、「自宅が遠方の生徒のための生活の場」だった。中学生から高校生まで、偶然居合わせただけで、気の合う人もいるけれど、合わない人もいるかもしれない。寮生同士の時間を楽しみたい人もいれば、マイペースな人もいる。そういう人同士が共同生活を送る時に、お互いに不快な思いをしなくていいための、ルール。厳しいことによって、自分を守ってくれるルール。

厳しいと感じたけれど、慣れてしまえば実はそんなに大変なことはなく、むしろ、このルールがなくて、みんながなぁなぁになる生活の方が、きっと居心地が悪いだろうと容易に想像ができた。
同じ部屋、同じ空間の中で、お互いに自分にとってのプライベートな空間を守りつつ、それでも、無視をするわけではない、微妙な距離感。

私は、寮生活が楽しくて仕方がなかった、という訳ではない。ただ、寮生活のおかげで学んだことや身に付いたことは本当に数多くある。そのうちの1つが、他者との共同生活において、お互いに不快にならないための知恵。
共同の場はみんなで整えること。同じ空間にいても、1人1人のまわりにあるバブルを認識すること。自分の役割を過不足なく果たし他者に迷惑をかけないこと。でも、自分の快適のために他者に遠慮しすぎないこと。

***

そう言えば、寮の中でも特別にすてきな場所の1つが、屋根の上だった。ベランダから、布団干しのポールに上ると、簡単に屋根の上にのぼれた。
ベランダに続くドアの前にスリッパが脱いであるのに、人が見当たらない時、「あぁ誰か屋根にのぼってる」って思って、誰もベランダには入らなかった。誰にでも1人になりたい時があることを、私たちはよく知っていた。誰かの「1人になりたい時」を尊重しあえる、なんというか、1つ屋根の下で生活を共にする同志、みたいな存在だったのかもしれない。

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