変えられないものを受け入れる心の静けさ
その言葉に出合ったのは、高校生の時でした。
アメリカの神学者、ラインホールド・ニーバーの祈りの言葉です。
原文では、「主よ、・・・」という呼びかけで始まり、最後の部分も「・・・英知を 我に与えたまえ」と締めくくられています。
日本語訳はシスターの渡辺和子さんです。
すごいな、人生に必要なことが、全て詰まっている言葉だな、と思いました。言葉の意味はもとより、渡辺和子さんの日本語も、きりりとして美しい。大人になってから、別の日本語訳でこの言葉を読んだことがあるのですが、実はあまり印象に残らなかったんですよね。この翻訳だからこそ、心に響いたのだと思います。
***
子どもの頃は、向上心を持つことの大切さを随分伝えられました。今の状態に甘んじることなく、もっと良くなるために努力することは良いこと、と言われていたと思います。時代の影響もあったのかもしれません。成長しつづけるのが当たり前の時代でした。
実際、小さいうちは、頑張れば頑張っただけ、できるようになることも多かった。でも、年齢が上がるうちに、そう簡単ではなくなってきました。
ちょっとくらいの頑張りでは及ばないくらい大きな課題に直面したり、いくら頑張ってもできなかったり、という、向上心だけでは解決できない状況に出合うようになってきました。
そして、強すぎる向上心は、いつまでも自分に対して満足できないと気づきます。いつもいつも「今よりももっと成長した自分」を求めることは、いつもいつも「今の自分」を否定することでした。
それって、ちっとも幸せじゃないんですよね。
将来の自分が幸せになれるようにと、今の自分を否定しながら向上したとて、その「幸せ」を感じられる将来っていうのは、いつやってくるのかしら?
幸せ、って、何かを達成した時に得られるものではなくて、足るを知ることで自ら感じるものではないかと、思うようになります。
収入がいくらとか、家族構成とか、学歴とか、犬を飼っているかとか、そういう、外的な要因では幸せは決まらない。今の状況に自分が納得して、感謝できるとき、幸せを感じられるんだと、今の私は確信を持っています。
ただ、「今のままが幸せ」と言う考えは、自分の向上することやそのための努力から逃げることも許してしまいます。
バランスだよねぇ・・・と思う時、ニーバーの祈りを思い出すのです。
今の状況に感謝して幸せだと感じることは、「変わらないものを受け入れる心の静けさ」。今よりも、もっと向上させて、問題を解決したり生活を良くしようと努める姿は「変えられるものを変える勇気」。
そして大事なのは、「その両者を見分ける英知」です。
それは、どんな場合にも必要なことだと思うのです。
与えられた状況をまず肯定的に受け止めること。ないものねだりをしないこと。現状の「良いこと」を探すこと。感謝すること。
それらは、みんな〈変わらないものを受け入れる心の静けさ〉です。
ポリアンナの「いいことさがしゲーム」みたいですね。
幸せを感じるために必要なことです。
一方、現状の課題や問題点に気づくこと。それを指摘すること。困っている人がいたら解決方法を考えること。うまくいくか分からないけれど試してみること。
そういうことが、〈変えるものを変える勇気〉です。
世の中を良くするために必要なことです。
どちらも大切なことには違いない。両者のちょうどいいバランスも状況によって常に変わります。だからこそ〈その両者を見分ける英知〉なんですよね。
最近は、特に母になってからは、〈変えられないものを受け入れる心の静けさ〉ばかりに目を向けていました。今の生活で、満足できることを沢山見つけて、このままで幸せ、って思っています。強がりではなくて、本心です。
でも、そろそろ、〈変えられるものを変える勇気〉を発揮してもいい頃かもしれません。小さくてもいいから、何かを変えるために。〈変える勇気〉を持って、1歩踏み出してみてもいいかもね、と考えています。