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パパ達の育児交換日記(No152)

 三重にゆかりのパパたちによる育児交換日記。第152号となる今回は夢旅人が担当いたします。

 皆さん、夏休みはいかがお過ごしですか? お子さんが小さいとふだんとあまり変わりはないのでしょうけど、小学生以上になると生活ががらりと変わりますね。夏は行事も多いし、お祭りに、花火に、はたまた海へ、山へ、プールもいいな・・・などなど、楽しみは尽きませんね。一方で、夏といえば・・・戦争の記憶、というのもあります。ちょうど今週末は、広島で平和記念式典がありますね。

 ということで、今回の日記は、夏休み特別編として子どもと一緒に平和を考えるをテーマにしたいと思います。

 かく言う私も、長崎には行ったことがありますが、広島には行ったことがありません。子どもと一緒に、原爆資料館を見たわけでもないです。子どもがある程度大きくなったら、そういうものを一緒に見るのもいいですね。

 私は、そこまで出かけなくても、平和について考えられると思っています。実は近所にも、戦争遺構というのは残っています。以前、次男を連れて街道歩きをした時は、津市の塔世橋に残る爆撃跡を見ました。

 また、わが家のお墓がある共同墓地には、町内で亡くなった方の戦没者慰霊碑が建っています。難しいことは言わなくても、「昔、日本でも戦争があったんだよ」とか、「たくさんの人が亡くなったんだよ」と伝えることは、とても意味のあることだと思います。

 家族旅行の際に、戦争に関する施設を訪れたこともあります。長野県上田市に行った時は、戦没画学生慰霊美術館「無言館」を訪れました。重く沈んだ雰囲気の館内で見る絵画は、私が説明するよりも多くのことを子どもたちに語りかけてくれただろうと思います。

 「無言館」を訪れたのがまだ小さかったこともあり、四日市に巡回展に来てくれた時に、再び子どもたちと見にいきました。7年を経て、改めて絵画を見ると、画学生達が描いた普通の日常と、その人たちが若くして戦争で亡くなったことのギャップは大きく、19歳になった長女は、自分とそう歳の変わらない若者が戦争で亡くなっていったことに胸が苦しくなったと感想を言ってくれました。

 長女が中学生の時の夏休みには、「ひいおじいちゃんの日記」と題した自由研究に取り組みました。今は亡き曾祖父の日記から、当時の生活の様子を紐解くというものでしたが、その中でも戦争のようすは記されていました。数十年前には、四日市にも戦争があったんだと、肉筆の日記から感じ取ってくれたことと思います。

 こんなふうに、戦争の悲惨さと同時に、今の時代の平和の有り難みを子どもたちには伝えていけたらと思います。家族で楽しく暮らしていけることの幸せを、難しくなく、シンプルに。

 太平洋戦争が終わって78年目の夏。世界はまた混沌としてきていますが、子どもたちが切り拓いていく未来が、平和であり続けることを願ってやみません。

これまでの「パパ達の育児交換日記(No1~No151はこちらから↓)
パパ達の育児交換日記


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