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老いた親への接し方は難しい

昨日、母に付き添って病院に行きました。年齢よりも行動も見かけも元気な母ではありますが、年を追う毎に首だとか腰だとかいろいろと支障が出てそのたび治療=メンテが必要になっています。今回は歯から派生した顎の骨の「メンテ」でして、こないだまで入院して治療していました。そして詳しい話は省きますが、再びの入院の必要があり、その前にいろいろ検査が必要だったわけです。

母は齢80を超えますが、病院に行くのも検査に行くのも、はたまた入退院も自分でなんでもやれてしまうしやりたい、と考える質の人で、その点は娘としてとても助かります。他方、今回はかなり大きな「メンテ」で、担当の先生の話も私としてもじっくり伺いたいと思っていました。

とはいえ学期中はどうしても授業やら学務やらがあり時間の自由がきかないことが多くなかなかその時間がとれなかったのですが、大学夏期休暇中は自分でスケジュールを組む自由度も高いので、昨日は時間を取ることが出来、先生の話もきちんと聞けたし、ずっと母の検査に付き合うこともできました。

大病院での診察や検査は時間がかかるものです。母とおしゃべりしながら時を過ごしているとき、横で私ぐらいかちょっと上の世代の女性が、おそらく父上であろう方にしゃべっている声が聞こえました。穏やかな雰囲気ではありません。どうやら、前の検査や治療の話についてお父上の記憶にちょっとした間違いがあり、それを「そうじゃない、違うでしょ!」と叱責しているようです。

その激しくきつい口調にちょっと引いてしまった私ですが、しかし私自身も母に対してついやってしまうこともあるなあ、と思い直しました。子どもにとって親はいつまでも親。なので昔の自分を育ててくれたときの元気でなにもかにも把握している(感じ)の親のままの記憶をどうしても引きずっている。だからしっかりしていない親、というのに直面するとうろたえるというかいらいらするというかそうじゃないでしょ感が高まっていく。だからつい口調もきつくなる。私の場合はそんな感じ。

このお隣の方の細かい事情は知らないけれど、自分の親にきつい口調で詰め寄ってしまうことは褒められたことでは無いが責める資格は私には無いなあと思いました。しかしながら、こうした口調はやっぱり他人として聞くと、とげとげしいバイブスを周りに振りまいてしまうんだなあということも改めて認識。

老いた親に対してイライラを感情をそのまま表に出してとげとげバイブスを振りまくのはやめとこう、と思ったのもつかの間。GOアプリを入れてほしいという母にApple IDを問うと「何それ?しらない」といわれ、「知らないってこと無いでしょう?前に使ったじゃないの!」とついきつめの口調に。自覚しても行動に移すのは本当に難しいもんです。


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