海外にいるときはどうやって投票するの?~在外投票とインターネット投票~
1. 在外選挙とは
読者のみなさんの中には、選挙の投票日には家の近くの投票所へ足を運んで投票するという習慣を持っているという人が多いと思います。引っ越しをした経験がある方は、引っ越し後に「いつもの投票所」が変わって、違う投票所で投票をした経験があるかもしれません。では、海外に引っ越したらどうなるのでしょうか。
日本国民には日本国内に在住しておらず、海外に住んでいる人もいます。普段は日本に住んでいても、仕事や留学などで海外に長期間滞在する機会があるかもしれません。そんな日本国内にいない日本国民のために在外選挙という制度があります。この記事では在外選挙の仕組みと現状について説明していきたいと思います。
2. 在外選挙の概要
①在外選挙が始まった経緯
在外選挙開始前は、国外に居住する日本国民が実質的に選挙権を行使できない状況でした。その実情を問題視して、昭和58年(1983年)の国会以降、在外選挙の法制化に関する議論が活発に行われてきました。その後、約15年後の平成10年(1998年)にようやく法改正が行われ、平成12年(2000年)5月以降の国政選挙において在外選挙が認められるようになりました。その後の在外選挙の対象選挙の変遷は以下の表の通りです。[1]
上記の選挙が在外選挙の対象となっている一方、地方選挙は2023年7月現在、在外選挙の対象ではありません。[2]
②在外選挙に必要な事前手続き
在外選挙を申請するには、在外選挙人名簿というものに登録する必要があります。そのためには、以下の要件を満たす必要があります。[3]
(i)市町村役場への転出届の提出
(ii)在外公館(大使館や総領事館、領事事務所など)への在留届の提出
(iii)満18歳以上の日本国民であること
基本的にこれらの要件を満たしていれば、在外選挙人名簿への登録申請ができ、申請が許可されると、在外選挙人証を手に入れることができます。なお、在外選挙人名簿への申請登録は日本を出国する前または在外公館で行うことができます。[4]
(ア)日本を出国する前の申請
最終住所地の市区町村の選挙委員会に対して、国外転出届を提出したときから、その転出届に記載された転出予定日までの期間の間で申請ができます。申請を国内で済ませた場合は、外国に居住後に在留届を提出すれば、在外選挙人証が発行されます。
(イ)在外公館での申請
在外公館の領事窓口に行くことで、在外選挙人名簿への登録申請ができます。登録申請書を日本国内の選挙管理委員会に送付してから、在外選挙人証の交付までには3か月程度を要するため、時間に余裕を持って申請する必要があることに注意が必要です。
③投票
在外選挙人名簿への登録ができ、在外選挙人証を手に入れたら投票できるようになります。投票方法としては郵便等投票、在外公館投票、日本国内における投票が挙げられます。
(i)郵便等投票
投票用紙請求書と在外選挙人証を登録地の選管に直接送り、選管から返送されてきた投票用紙に記入して、再び選管に送付することで投票を行うことができます。郵便のやりとりが国際郵便で行われるために時間がかかることや、送料が自己負担になってしまうことに注意が必要ですが、在外公館に出向く必要がないというメリットがあります。
(ii)在外公館投票
在外選挙人証と有効な旅券を持参して在外公館に行くことで投票をすることができます。衆議院議員選挙、参議院議員選挙の場合とも日本国内における投票日から6日前までに投票する必要があることに注意が必要ですが、在外公館が近くにある場合は、日本国内にいる場合とほとんど変わらない手間で投票できます。
(iii)日本国内での投票
在外選挙人名簿に登録をしていても、海外だけでなく日本国内でも投票できるようになっていて、一時帰国した際に選挙が行われる場合などに活用できます。日本国内在住の有権者と同じように期日前投票、不在者投票、選挙当日の投票所での投票が、在外選挙人証を提示することで可能になっています。[3]
3. 在外選挙の問題点
海外在住の18歳以上の日本人はおよそ100万人とされている一方で、在外選挙人名簿に登録された有権者は9万9356人です。また、2022年7月10日の参議院選挙において投票した海外在住の日本人は2万1772人にとどまっています。つまり、海外に在住している日本人のうち、在外選挙人名簿に登録している割合は約10%で、投票した人の割合はわずか2%程度であるということです。[5]
投票者数の少ない理由としては、海外に在住しているために日本国内の政治と日常生活とのつながりが薄いということに加えて、投票にかかる手間が多いことが考えられます。例えば、郵便等投票の場合は、国際郵便での配達になるため投票日までに投票用紙が届かなかったりすることや、郵送料を投票者自身が負担しなければならないことが投票を妨げていると考えられます。また、在外公館投票の場合は、居住地から在外公館が遠いことなどが投票を妨げているとして考えられます。例えば、カリフォルニア州は日本の国土の1.1倍の面積ですが、在外公館はわずか2つしかありません。2022年の7月10日の参議院選挙において全国に4万6017か所の投票所が設けられたことを考えれば、その差は歴然です。[6]
現状の在外選挙は以上のように投票までの手間が大きく投票率が低いことが問題です。一方で日本国内に目を当てれば、選挙期間になると自宅に選挙のお知らせの紙が届き、自宅からすぐのところに投票所があるという、投票する手間が小さい環境にあります。そのような環境だからこそ投票に行っているという人がある程度いるということが予想できます。では、もっと投票のハードルを下げることで投票率を上げることはできるのでしょうか。
4. インターネット投票
投票のハードルを下げる方法の一つとしてインターネット投票が挙げられます。特に、先述のように投票のハードルの高い在外選挙においてインターネット投票導入の検討が進められています。
地方で人口減少が進む中、投票所の数も減少が続いています。そのため、インターネット投票は在外選挙の簡便化にとどまらず、地方の投票所減少を補填する役割も果たすことができるかもしれません。また、スマホなどを通して常にインターネットと接し続けている若い世代にとっても、インターネットを用いることで投票がより身近になると考えられます。これらのメリットの一方で、本人確認やデータの改ざん防止、投票の秘密保持などを確実に実行できる技術が必要であることから、まだ検討段階にとどまっているのが現状です。[5][6][7]
まだ検討段階ではあるものの、インターネット投票の実証実験は進められており、つくば市では来年の市長選でのインターネット投票の実装を目指しているそうです。海外に目を向ければ、デジタル化が非常に進んでいるエストニアでは2005年からインターネット投票が可能で、カナダの一部の自治体でもインターネット投票が実施されています。[5][8]
5. 終わりに
在外選挙という制度によって海外にいても投票が可能である一方で、実際に投票するとなるとハードルが高いため、多くの海外にいる有権者が投票をしていないという現状があります。インターネット投票を含めた方法を検討して、海外にいる有権者の投票のハードルを下げるということは、それを活用することで日本国内の有権者にとっての投票のハードルを下げることにもつながるはずです。この記事を踏まえて、海外に長期滞在する際に在外選挙を活用してもらうだけでなく、インターネット投票を含む、選挙に行きやすくする取り組みにも興味を持っていただけたら幸いです。
参考文献
[1]在 外 選 挙 制 度 の あ ら ま し と 創 設 ま で の 経 緯
在外選挙制度の法制化に関する詳しい経緯を知ることができます。
[2]外務省: 在外選挙制度導入とその後の制度改正
在外選挙の法制化後の対象選挙がどう増えていったかについて知ることができます。
[3]外務省: 在外選挙
在外選挙名簿への登録や在外選挙の投票の手順が詳しく段階を追って説明されています。実際に在外選挙を利用することを考えている方は見てみることを強くおすすめします。
[4]総務省|在外選挙制度について
在外選挙制度に関する簡単な説明、申請方法が記載されています。上記の外務省のホームページと合わせてご覧ください。
[5]インターネット投票は実現するか NHK解説委員室
インターネット投票の日本国内での導入についてメリット、デメリットと現状が説明されています。インターネット投票についてもっと詳しく知りたい方はぜひ読んでみてください。
[6]消えた投票所 全国減少ランキング 参議院選挙2022|地方潮流 | NHK政治マガジン
地方の投票所についての記事です。都市部に住んでいる方にとっては新しい視点が得られると思います。
[7]総務省|在外選挙インターネット投票システムの技術的検証及び運用等に係る調査研究事業の報告書概要
国がどのようにインターネット投票を検討しているのかということを知ることができる報告書です。
[8]世界のインターネット投票(前編) ~オンライン選挙を進める国々の動向 | InfoComニューズレター
世界のインターネット投票の状況について知ることができます。こちらもインターネット投票に興味を持った方はぜひ読んでみてください。
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