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vol.4 〜最終章〜 紡ぐ

プライドを傷つけてしまった?

あの日の出来事が彼女との距離を遠ざけたのではないかと、私は心の中で一抹の不安を抱きながら毎日を過ごしていた。

その頃、様々な百貨店から出店依頼を受けるようになっていた会社は、県外での仕事も多くなっており、私達スタッフは日本全国を飛び回っていた。
各地で美味しいものを食べ歩き、その土地土地で支えてくれるお客様に会うのが楽しく、休みなく働いているにも関わらず、全く苦にはならなかった。
初めて入る百貨店では、顧客が出来るまで思い通りの数字が作れず意気消沈することもあったが、今思えばそれも良い思い出。
ここに書き綴っていくお客様以外にもたくさんの方に出会い、色々なことを教えてもらった。
と、私自身の思い出話はさておき、話しを戻そう…

次の週に展示会を控えた栃木の百貨店でのこと
暇を見つけては館内を散策するのも常套手段だった私。小物売り場に拡大鏡が置いてあるのを発見した。その拡大鏡は手のひらに収まるくらいの大きさで、スライドしてレンズを出して使うようだった。
和柄やアニマル柄のカバーが施してあり、スライドしないと一見、エチケットブラシ?とも思えるような可愛いデザインだ。しかも、レンズが出ると同時にライトまで光ると言う優れもの。
私はそれを2個手に取り、レジへと向かった。一つはアニマル柄で自分用。
もう一つは黒ベースにピンクと白のスワロフスキーが付いた女の子っぽいデザインだった。こちらは彼女への贈り物だ。

再会した私は、その拡大鏡を自慢げに手渡した。

「可愛い〜。ありがとうございます!!」

受け取った彼女はそう言うと、飛び跳ねんばかりに喜んでくれた。
それからと言うもの、事あるごとに拡大鏡を取り出してはお客様へ商品を見せている彼女の姿を、度々目撃することとなった。
それを触るとライトがきらりと光る為、嫌でも目の端に飛び込んで来るので見逃せないのだ。
私はその光を目にする度、温かい気持ちに包まれていた。

ある日
これまでのようにお得意様が重なり、会場内の混雑が予想された。
するとちょうどその時、フクロウのペンダントのお客様がエスカレーターを上がって来るのが見えた。

あちゃ〜・・・

本来なら喜ばしいお客様の来店だが、押し寄せる混乱の波を怪訝した私は、見えたお客様から一瞬顔を背けた。
とその時、私の横に並ぶ人影が目に入った。彼女だった。

「私がお迎えに行って来ます」

そう言うと、一目散にお客様を迎えに走って行った。
見ていると、声を掛けた彼女はそのままお客様の腕に沿っと触った。お客様は触られたことによりその声に気付いた。
そして、二人は楽しそうに会話を交わし、彼女はお客様の手を握りこちらへと誘導している。驚いた私は、その場で目を見開いて静止していた。

「こんにちはー」

他のお客様に声を掛けられ我に返ったのか、呪文が解けたようにやっと身体が動き始めた。そうなるくらい、彼女の行動は私と生き写しだったのだ…
その日、これまでまごついていたことが幻だったかのように、私は司令塔の役割を遂行することが出来た。
そのおかげで会場内はスムーズにリズムが取れ、販売スタッフ達も慌てることなく接客ができ、更には売上予算も達成した。
彼女のおかげだ…
あまりの嬉しさに、その残像がいつまでも頭から離れなかった…


ある時、彼女が真剣な面持ちでこう言った。

「私、お金持ちのお客様に高額品を売るのが苦手みたいなんです」

私はどこかで聞いた台詞に耳を疑った。
以前、全く同じ言葉を自分が口に出したことがあったからだ。
自分が乗り越えた壁と同じ壁にぶつかっている彼女。それを相談されたのだから鼻息も荒くなる。
私は、〝ここで役に立たなければ自分自身の価値がない〟そう思った。そして、気付かれないように深呼吸をして、

「何を売りたいの?」

と、聞いた。

「先ずは、会社の代表作の1カラットのダイヤモンドが売れるようになりたいです」

と、彼女は答えた。
私は考えた末、接客の流れとセールストークを書いた虎の巻を渡すことにした。
直感だが、彼女にはそれが一番効果的なような気がしたからだった。

「ありがとうございます!大変言い難いんですが、一度、お手本を見せてもらえませんか?」

書類を受け取った彼女が、開口一番言い放った。

はぁ⁈

書類の出来栄えに満足していた私は、自分で解読しようとしない彼女を不快に思い、眉間に皺を寄せ、ゆっくりと顔を見た。
彼女は、真剣な眼差しで私を直視している。どうやら本気で言っているらしい…
その顔を見ていると、なんだか急に笑えてきた。肩の力が抜けた私は、その台本を読んで聞かせるようにそのままロールプレイングを始めた。
2度目のロールプレイング。
今度は彼女が販売員役で私がお客様役。
すると、驚いたことに彼女は私の読み聞かせを見事にトレースしてみせたのだ。
私は目を丸くして、

「一回やっただけで、どうやったらここまで真似できるの?」

と、聞いた。

「私、自分で考える頭もないし、気も効かないんです。それを分かっているので気をつけてはいるんですが中々成長していなくて…だから、せめて真似だけでも出来るように練習してるんです。そうしたら、一度やり方を見せてもらえるとそれをなぞることは出来るようになってきたんです…」

彼女は、照れ臭そうにそう言った。
私はその時、お客様を迎えに行った時の彼女の行動を思い出していた。

なるほど…

思い起こせば、彼女と自分の接客が日に日に似てきているような気がしていた。
話し方、抑揚、間の取り方まで…

彼女は自分の弱点を知っていて、それを人の力を借りて克服する術を持っていた。
しかも、私を観察し、自分の足りないものを真似て補っていたのだ。
彼女がお客様をお出迎えに行った時の行動を目の当たりにしていなければ、この能力と努力に気付くには、かなりの時間を要したと思う。いや、気付くことさえ出来なかったかもしれない。
自分の弱点を見抜かれないようにひた隠し、プライドばかりが先行してきた私とは大違いだ。
私はこの時、自分にないものを人から得ることは、甘えではなく、補い合うことなんだと言うことを彼女から教わったのだった。

そんな中、お客様が目の手術をするとの吉報が入った。繊細な部分故に臆病な気持ちが後回しにさせていたのを、思い切ってやってみる決心をしたと言うのだ。
手術を終え退院されたお客様は、その直後の出店時に遊びに来られた。
再び走り寄り、出迎えた彼女。
支える彼女の手を握りながら、お客様は笑顔でこちらへと向かって来た。
私は抱きつかんばかりに歩み寄り、

「◯◯様、ご無事でなによりです。どうぞお掛けください」

そう言って椅子を勧めた。
その日は会場内が空いており、お客様と私と彼女の三人で会話をする時間が持てた。

「手術の方は如何でしたか?ご不安だったでしょう…私も、◯◯様のことを考えると夜も眠れませんでしたよ」

私が言うと、

「また〜!ふふふ…麻酔をされていたから、手術は気が付かないうちに終わっていたんです」

と、お客様。

「それで、目の調子は如何ですか?」

気になっていたことを尋ねた。

「まだボヤけてはいるけれど、すっかり見えるようになりました。こんなことなら、もっと早くにやっていれば良かったですね。でも、勇気が出なかったのよ…」

そう言いながらも、お客様の様子はいつもよりも遥かに明るかった。声の張りまで違って聞こえる。

「繊細な部分ですから、慎重になって当然です。大変な思いをされた分だけ、これからたくさん幸せが舞い込んでくるはずです」

私はお客様に更に元気になってもらおうと根拠のない願いを口にした。
すると、

「見えなかったものが見えるようになったんですもの。これ以上の幸せを望んだらバチが当たっちゃうわ」

そう言って、お客様は笑顔を見せた。
その言葉を聞いて、私と彼女も一緒に微笑んだ。
と、その時。

「あら、あなた。こんなにも大きなお目目をしていたのね。パッチリしてて可愛い目…」

お客様が私の顔を覗き込んでそう言った。

えっ?

いきなりのことでリアクションに困った私は、

「嫌だぁ!お化粧浮いて毛穴が目立ったりしてません?◯◯様に見てもらうのに、お化粧直ししておくんでしたぁ〜」

と、両手で顔を覆い隠してみせた。
すると、隣の彼女も同時に顔を隠した。

「何言ってるの。そんなところまで見えませんよ!ふふふ…」

お客様が私の腕を軽く叩き、クスクスと笑った。私は、覆っている手の指の隙間から目だけを覗かせ戯けてみせた。
彼女は手の平を口元まで下げ顔を覗かせた。
三人の視線が自然と同時に絡み合った…
その瞬間、何かが弾けたように笑いが漏れ出した。
お客様と出会った頃から考えると、こんな時を過ごすことが出来るとは夢にも思っていなかった。
そのうち笑い声が止まらなくなってきた。
まるで、喜びの感情が身体中から体外へと放出されているようだった。
ケタケタと笑う三人の声は、いつまでも会場内に響き渡っていた…


それから数年の時を経た、お客様が90歳の誕生日を迎えられる年のことだった。
その日のお客様は、お嬢様への贈り物として、ヴァイオリンをモチーフにしたブローチを購入してくれた。
自分のもの以外のお買い物をしたのはこの時が初めてだった。
帰り際、お客様は突然こう切り出した。

「私はもう十分に楽しんだから、今日で最後にしようと思うの。これからは、あの世に行く準備をしなくちゃ…」

お客様方の唐突な申し出をこれまで幾度と経験してきた私は、〝来る時が来たか〟と姿勢を正した。

「買う、買わないは別で遊びに来るだけは良いじゃないですか…」

お決まりの台詞を並べてみた。
が、これまで出会った私が敬愛するお客様方の中に、この言葉で自分の決断を変更した方は一人もいなかった。
お客様が次に放つ言葉は、お客様との別れを決定付ける最終宣告のようなもの。
何度経験しても、毎回、私の胸に抉るような痛みを与える。
耳を塞ぎたいが聞かない訳にもいかない。

「いいえ、もう十分に楽しませてもらったし、欲しい物ももう無いのよ。本当に今までありがとうございました」

ですよね…

お客様はそう言うと、無言で立ち竦む私の手を両手で包んだ。
そして、強く握り締めながら〝ありがとう〟〝ありがとう〟と何度も繰り返した。私の頭の中では、お客様と過ごした12年間の月日が走馬灯のように駆け巡っていた。
込み上げてくる想いで、だんだんと目頭が熱くなっていた。
計り知れない様々な気付きを与えてくれたお客様に〝ありがとう〟と、言いたいのは私の方だった。お客様と出会わなければ、かけがえのない仲間との出会いに気付くことさえ出来なかったかもしれない。
しかし、私は、これまで幾度と口にしてきた〝ありがとう〟と言う言葉をどうしても口に出せなかった。
何故なら、この場合の〝ありがとう〟は、お客様との別れを意味するからだ。
これからも売り場に立つ私は、お客様がいつでも行きたいと言う選択が出来るよう、別れを認めるような言葉を吐くことが出来なかったのだ。
結局私は、もう会えないであろうお客様を目の前にして、その瞳をただひたすら見つめ続けていただけだった…
握られていた手が放たれた時、指先に血が通い始めたのを感じた。

それほどに強く握り締められた手の温もりを私は生涯忘れることはないだろう…


〜vol.4  終わり〜











百貨店を舞台に、出逢えたお客様に販売を通して教えてもらった数々の〝気づき〟による自身の成長記録と、歳を重ねた方々の生き方を綴っています。出会った順で更新していますので、私自身が少しずつ成長していく変化を楽しみながら百貨店の魅力も感じて頂けたら幸いです。 日曜日に更新します!