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小学1年生のフィンランド留学体験記

まだ暗い中、お母さんとお兄ちゃんと1.2km先の学校へと歩く。
気持ちを落ち着かせようと、冷たい空気を胸いっぱい吸ってゆっくり吐くと、白い息がすーっとほほを通り過ぎた。
緊張と不安で胸がギューッと締め付けられた。

第一章 11月

1.登校初日
僕の名前は川島さくと。小学1年生だ。お父さんの仕事の都合で1年だけフィンランドに来ている。お母さんもお兄ちゃんも一緒だ。今日でフィンランドに来て1カ月。2回の学校面談を終えて、ついに11月10日の今日からフィンランド人が通う学校に転入する。
「学校行きたくない!友達絶対できないもん!」と何回もお母さんに言った。その度にお母さんは「さくとに友達ができなかったら、お母さんが100ユーロあげる。」と言った。きっとそれだけ僕に友達ができる自信がお母さんにはあるんだと少し安心した。初めての日だし9時に間に合うか分からなかったからお母さんはすごく早歩きになって、ついていくには小走りするしかなかった。学校が見えた時、もう引き返せない、行くしかないんだと僕は覚悟を決めた。
何人かの生徒が校舎の入り口で待っている。9時にならないと入れないんだと思った。
9時にチャイムが鳴ると、担任の先生が出迎えてくれた。お母さんが別れ際、何か言っていたけど、緊張で覚えていない。振り返らず、校舎に入った。
僕が教室に行くと2時間目が始まっていて、みんな寝転がってアニメを見ていた。先生が僕のことを紹介してくれた後、カードゲームが始まった。数を使った恐竜ゲームだ。僕が席に着くと、2人の男の子が競うように僕の席に走って来て座った。ゲーム中、男の子たちが何か話していたけど、たぶんこう言っているんだろうなって予想できた。僕にはニーナ先生がついてくれた。とっても優しい先生だ。と思っていたら急にトイレに行きたくなった。お母さんが昨日「ジェスチャーでもコミュニケーションはできるよ。」って教えてくれたっけ…やってみよう!先生をつついて股をおさえてもじもじしてみた。すると先生がトイレに案内してくれた。お母さんの言った通り、ジェスチャーも使えるぞ。休み時間はお兄ちゃんを見つけてサッカーに入れてもらった。お兄ちゃんの友達が英語で「君はだれ?」って聞いてくれたけど、恥ずかしくて答えられなかったから、お兄ちゃんが全部答えてくれた。
3,4時間目は図工で、傘の作品を作った。1年生は2チームに分かれて、別のチームは音楽の授業をしていた。お昼ご飯は11時で日本の小学校より早かった。とにかく全部よそってみたら、黄色のスティック野菜が美味しくなくて残念。その他は全部美味しかった。隣でクラスメイトがあれこれ説明してくれた。給食はフォーク1本で食べる。お行儀よく食べられたと思う。
4時間目が終わると、お母さんが玄関で待っていた。「お母さん学校楽しかったよ!でもお母さんから100ユーロもらえなくなっちゃったのは残念!」って言うと、お母さんが「ほーら、お母さんの言った通りでしょ?」って笑った。

2.クラスメイト
朝、目が合うと「モイ(やあ)! さくと!」と話しかけてくれる子がいる。フィンランド人のノア、とても優しい男の子だ。もちろん名前は一番に覚えた。まだ名前を憶えていない子で「こんにちは!」って日本語で挨拶してくれた子もいた。日本人の転校生が来たから日本語の挨拶を家で調べて来てくれたみたい。嬉しいな。席が隣になるとフィンランド語を教えてくれる女の子がいる。教科書のどの部分を先生が話しているのかいつも指でさして教えてくれるんだ。それから忘れてはいけないのが大の仲良しダニエル。どこの国出身か分からないけど、英語でたくさん話しかけてくれる。お兄ちゃんがダニエルにフィンランド語で話しかけたら「英語で話して。」と言っていたから、フィンランド語は苦手なのかもしれない。ダニエルと2人で変顔対決をして先生に注意されたこともあった。1人で給食を食べに行こうとしたら、「ストップ!一緒に行くから待って!」ってダニエルが引き留めるから一緒に食べた。ダニエルはいつも明るくて面白い。朝も玄関まで迎えに来てくれるし、帰りも学校を出るまで一緒。この前「一緒に帰りたいから僕のトイレ待っていて!」と言われてトイレの前で待っていると、ダニエルがカギをかけ忘れてノアが開けちゃった。「オーマイガー!」って僕が叫ぶと、2人も「オーマイガー!!」。可笑しくて3人で笑った。ある日、校舎を出ると、ダニエルが両手を広げて「サクト、バアーイ!」と言った。僕も真似をして「ダニエル、バアーイ!」と両手を大きく広げるとガシッと2人で抱き合った。これが外国風あいさつってやつか!本当にダニエルと仲良くなれてうれしい。
中には嫌なやつもいる。その子は勝手に僕の筆箱をいじって、入っていた付箋をビリッとやぶいた。謝らずにニヤニヤして立ち去ったのには腹が立った。

3.日本とは違う授業
算数の授業はゲームをすることが多い。カードゲームやブロックを使ったゲームだ。フィンランド語の授業は音楽を聴きながら、歌詞の中にある単語を教科書の中で探したり、曜日や季節はビデオを見て覚えることが多い。言葉を音節で区切って言う練習もある。驚いたのは図工の時間、急にみんながえんぴつの投げ合いっこを始めたことだ。床中えんぴつだらけ!日本なら絶対にしないよね。授業中も自由にトイレに行ける。ずっと席に座っていなくても先生は怒らない。室内の体育は、はだしでやる。東京と違って体操着もいらない。動きやすい服装ならなんでもオッケーだ。
11月18日にこどもの権利の日のお祝いで、おもちゃを家から持ってきてみんなで遊んだ。こどもの権利の絵本は日本でお母さんが読んでくれたから、知っていたけど、授業でやるなんてびっくりだ。日本からあまりおもちゃは持ってこなかったから、折り紙を持って行った。おじいちゃんがくれた恐竜と昆虫の折り紙をお母さんと一緒に作ったものと、これから作る用の折り紙だ。こどもの権利について先生が説明した後、体育館に行って、みんなのおもちゃを広げた。恐竜の折り紙が人気だった。先生には折り鶴をリクエストされて、その場で作って見せると喜んでくれた。ミニカーを持ってきた女の子と恐竜の折り紙を使ってジュラシックパークごっこをした。ミニカーを恐竜でとうせんぼうするんだ。他の子のおもちゃも見せてもらって楽しかった。ぬいぐるみを持ってきている子が一番多かったな。

4.大人気の箱型筆箱
日本で使っていた箱型筆箱。僕の筆箱は青と黒でロックもかかる。
この筆箱は登校初日からみんなの注目の的だった。他のみんなはキャラクターがついたポーチ型の筆箱で、僕のだけみんなと違うからだ。ダニエルは僕の三角鉛筆と4Bの鉛筆がお気に入りで、わざと自分の鉛筆を床に落として「僕の鉛筆がない!さく、貸してくれ!」って言ってくる。そんなに使いたいのかい!仕方がないな。と僕は鉛筆をダニエルに貸している。だって、鉛筆を貸すと、ダニエル、目がキラキラするんだもん。それから、筆箱の横にお母さんが貼ってくれた僕の名前シールも人気だ。席が一緒になった子は、ひらがなをまねして、書いては「どう?上手く書けた?」と見せてくる。その時だけ僕は日本語の先生になるんだ。「さ」はSA、「く」はKU、「と」はTOって読むんだよって教えてあげている。みんなひらがなに興味津々!なんだかうれしい。

5.日本人ハーフの友達
休み時間にお兄ちゃんと校庭を散歩していると、少し遠くから「私も半分日本人!」って話しかけてくれた女の子がいる。次の日も話しかけてくれて、それから毎日お話するようになって友達になった。2年生で僕より1つ学年が上らしい。僕が住んでいる地域では日本人はとても珍しい。それなのに同じ小学校に日本語ペラペラの子がいるなんて本当にラッキーだと思う。給食も一緒になる時間が多くて、お互い気が付けば手を振りあっている。その子が「もう一度名前教えてくれる?私すぐ忘れちゃうの。」と言ってきた。僕も忘れちゃっている。そこで自分の名前をもう一度伝えて、「僕もすぐ忘れちゃうよ。僕たち忘れん坊兄弟だね!」って言ったら、すごくうけた。この子こんなに笑うんだ。もっと仲良くなれそうな気がした。家に帰ってその話をしたら、お母さんが「それでその子の名前はなんていうの?」と聞いた。…しまった、また忘れた!!!

6.お皿一枚で食べる給食
給食は自分で食べたいものを好きなだけよそって食べる。でも、全種類少しでも食べようねと先生はみんなに言った。人気のミートボールやフィッシュフライはお代わりしてはいけない。スープが給食で出る日は、まず、お皿にスープをよそう。そして、空っぽにしてから、他の料理をとらなければならない。お皿は1人1枚って決まっているから計画してよそわないといけないんだ。フォークだけで食べる子もいれば、ナイフも使う子もいる。日本でナイフをあまり使ってこなかったから、家でもナイフの練習を始めたけど、難しい。帰国までに絶対に上手になるぞ。ある日、初めてサーモンスープが出た!すごく美味しかった。それから滅多に出ない洋ナシやリンゴなどのフルーツが出る日はそれだけで気分が盛り上がる。
席はいつも自由だ。向かいにマルクスが座る時はいつもにらめっこをする。僕が変な顔をするとマルクスも同じように変な顔をするんだ。いつも2人で吹き出してしまうから勝負はつかない。日本でも変顔で友達を笑わせてきたけど、僕の変顔は世界共通で面白いらしい。

7.冬の校庭でひとりぼっち
フィンランドの朝は暗い。日の出は8時半だ。外を歩くときは必ずリフレクターをつけなければならない。僕もリュックサックの前と後ろに3つ付けているし、手袋とジャンパーはリフレクター付きの物を着ている。フィンランドは子供だけで登校して大丈夫なくらい安全な国だけど、心配性のお母さんは毎日送り迎えをしてくれる。朝は雪玉を作りながら、帰りは学校のことをたくさん話しながら歩くのが楽しい。
でもこの間、学校が終わってもお母さんが迎えに来なかったことがあった。一緒に教室を出た子は1人残らず帰ってしまって、校庭でひとりぼっち。「少し遅れることがあるかもしれないけど、必ず小学校の入り口で待っていてね。」とお母さんとの約束を思い出した。でも、待っても、待ってもお母さんは来なかった。お母さん病気になっちゃったのかもしれない。一緒に帰るはずのお兄ちゃんも出てこない。心細くて涙が出た。雪が降って寒かったけど、学校は一度出たら鍵が閉まるから入れない。それに学校の人に英語でもフィンランド語でも何て言ったら良いか分からない。
やっとお兄ちゃんが学校から出てきたとき、もう1時間15分がたとうとしていた。お兄ちゃんは「なんで泣いてるの?」と聞いてきた。僕はすごくほっとしてもっと泣いた。すると遠くに迎えに来たお母さんの姿が見えた。
どうやら1年生が12時に授業が終わったその日、僕は13時15分までフィンランド語の補習で居残り勉強をしに外国人教室へ行かなければならなかったのに、他の1年生と一緒に帰ってしまったらしい。先生が僕に居残りのことを伝え忘れていたことが、後から分かった。次の週からは1年生が12時に終わる日でも、僕はすすんで外国人教室に行くようになった。もうあんな寒くて悲しい思いはごめんだ。

8.フィンランド語
僕はフィンランド語の授業で一番遅れているから、たまに1人だけ別の部屋でタブレットを使ったフィンランド語のゲームをしている。これが最高に楽しい!お母さんが家のタブレットにもこのアプリを入れてくれたから家でもやっている。フィンランド語のアルファベットの発音から始まり、今は音節の練習に入った。発音を聞きながら正しいと思うアルファベットを押す。正解ならコインがもらえて、そのコインで自分のキャラクターの見た目をどんどん変えることができるんだ。
木曜日1年生は12時で授業が終わることもあるけれど、僕だけは居残りでお兄ちゃんのいる外国人クラスに行く。この前は2時間かけてアルファベットの色塗りを4ページもやった。フィンランド語のアルファベットは英語と順番も同じだけど、発音が全然違う。例えばABCはアーベーセーだ。Wなんてカクソイス・ヴェーだ。長い!しかも、AとOにはうえに点が二つ付いたÄ、Öなんて文字もあって、AとOと発音が少し違う。
僕の夢はフィンランド語と英語が話せるようになること!ノアやマルクスは英語があまり分からないみたいだから、フィンランド語で話せるようになりたい。朝ノアに「ミタ クールー?(元気?)」と言うと、ノアったらすごく喜んでくれて「ミタ クールー?」って同じことを聞いてきた。「元気だよ。」って何ていうのか忘れちゃって返事できなかったけど、友達にこんなに喜んでもらえるなら、もっとフィンランド語で話しかけたいなと思った。トイレに行きたいときもジェスチャーじゃなくフィンランド語で先生に伝えられるようになった。最近覚えたフィンランド語は朝の挨拶は「Hyvää huomenta opettaja(ヒュバー フオメンタ オペッタヤ). Kaikki kiva kaverit(カイッキ キヴァ カヴェリトゥ).」先生、素敵なみんな、おはようございます!

9.英語の授業
1週間に1回、英語の授業がある。CATやDOGなどを先生の後に続いて言うだけで簡単だ。日本の小学校の英語の授業は3年生からだから、フィンランドの小学校は始まるのが早いなと思う。僕はお兄ちゃんと2年間くらい毎日15分英会話のオンラインレッスンを受けてきた。だから英語は少し分かる。母国語が英語のダニエルとは毎日英語でコミュニケーションをとっている。僕が英会話を頑張ってきたのはダニエルと仲良くなるためだったんだと思う。もちろん何を言っているか分からない時もあるけど、分からないよって言えば、ジェスチャーも入れて説明してくれる。この前、図工の時間に高学年のお姉さんが1年生を手伝いに来てくれたんだけど、英語で「お手伝いしましょうか?」話しかけてくれたから、返事もきちんとできた。お兄ちゃんのいる外国人クラスの子が話しかけてくれる時も英語だから、英会話が本当に役に立っている。

10.先生のパンパパンマジック
授業中、教室がうるさくなると先生は手をリズミカルにパンパパン!とたたく。それに気が付いた子は真似してパンパパン!気が付く人数がどんどん増えてみんなでパンパパン!
教室はあっという間に静かになり、みんな先生に注目。これはすごい!僕はこれを先生のパンパパンマジックと呼ぶことにした。担任の先生は「静かにしなさーい!」なんて大声は絶対に出さない。
ある時、クラスメイトの1人が、おにごっこ中にダニエルをビンタした。僕はすぐにダニエルのところにかけつけ、声をかけた。泣くのをぐっとこらえるダニエル。僕が得意の変顔をしたり、「コー、ペー、アス(じゃんけん)して遊ぼう!」って言うと、ダニエルはすぐ笑顔になって「うん!やろう!」って言ってくれたから安心した。その間に先生はダニエルにビンタした子を追いかけ、つかまえてお説教を始めたけれど、この時も先生は大きな声を出さなかった。静かにその子と向き合ってお話していた。日本の小学校だったら、先生は大声出していたんじゃないかなと思う。僕は日本の小学校の先生たちの怒鳴る声が好きではない。フィンランドの小学校ではいつでも僕の心は穏やかだ。
みんな先生のことは「オペッタヤ(先生)」とか下の名前で「ニーナ」と呼ぶ。先生も生徒の名前は呼び捨てだ。先生は僕たちをあまり子ども扱いしない。日本より先生との距離が近いなと感じる。先生たちは誰かが転んでしまった時、物を落としてしまった時に必ず「オーホー」と言う。日本語だと「あらまあ」って感じなのかな。僕はこの響きが面白くて好きだ。ガシャーン!あ、筆箱を落としちゃった!オーホー。

11.初めての遠足
11月最後の日、科学館ヘウレカに行った。学校からは貸し切りバスが出た。バスで隣に座った女の子は遠足に興奮していて、足をぶんぶん振り回すから、何度もあたって痛かった。早くヘウレカに着いてくれとずっと願い続けること20分。やっとバスを降りることができた。先生は科学館の中を一緒に回るペアを発表した。僕はダニエルと一緒だった。電気回路のコーナーで導線をつないで豆電球をつけたり、AIコーナーで鏡に映る自分の姿を女の人に変えて、ダニエルと大笑いした。ヘウレカは前に何度も家族で来たことがあったけれど、新しいコーナーが次々できるから何度来ても面白い。昼食は学校から持ってきたランチパックで、サンドイッチ、バナナ、ジュースだった。グミを家から持って来ている子もいた。僕はりんご1個とバナナを2本持って行ったけれど、昼食時間はランチパックでお腹がいっぱいで、バスに乗る前にバナナを1本、学校に着いてからりんごを1個食べた。遠足の日は8時集合で13時半に解散。1日中、学校で勉強しないでヘウレカで遊べて楽しかった。なんと、次の日、担任の先生は3人ともお休み!代わりの先生が授業をした。遠足って生徒より先生が疲れちゃうんだな。

12.日本人は僕の誇りだ!
僕が帰りの支度をしていた時、高学年の男の子2人が英語で「どこの出身?」と話しかけてきた。「日本」と答えると、馬鹿にしたように笑い出し、去って行った。僕はその2人の態度がとても頭にきた。この前迎えに来てくれたお母さんもフィンランド人の高学年の男の子たちに馬鹿にされたように笑われたって言っていたけど、同じやつかもしれない。でも、そんなムカムカした気持ちはサッカーワールドカップ日本代表選手が吹き飛ばしてくれた。カタール大会で日本があの強いスペインに2-1で勝利。しかも、ロッカールームをとてもきれいに片付けて、「ありがとう」って折り鶴も置いていったんだ。僕は日本代表選手が誇らしいと思った。日本は良い国だ。あの男の子2人に日本人だからってばかにされてたまるものか。次の日は日本代表選手のことを考えながら胸を張って登校した。僕はどんな国の人にでも優しい人でいたい。

13.休み時間は毎日サッカー
1日に2回ある長い休み時間はいつもお兄ちゃんとサッカーをする。お兄ちゃんは僕とは違ってフィンランド人クラスには入っていない。2年生から6年生までのフィンランド語が話せない子たちが入る外国人クラスに入っている。初めは外国人クラスのお兄ちゃんの友達のアランくん、ファジルくんと4人でサッカーすることが多かったけど、最近はフィンランド人のお兄さんたちも加わるようになった。先生が審判になって試合をすることもある。みんな僕より大きくて、僕はいつでも最年少だ。クラスメイトが観戦してくれていることもあって、僕が転んでもすぐに立ち上がると、クラスメイトから歓声が沸き起こったことがある。
僕はディフェンスをすることが多い。本格的なサッカーボールを使うから足は青たんだらけになった。そして身長が低いからか顔にボールがよくあたる。でも、みんな優しくてすぐに駆けつけて「大丈夫?」って顔を覗き込んでくれるからすぐに元気になるんだ。特にお兄ちゃんがいる外国人クラス6年生のアルティン君は僕の顔を両手ではさんで「さくと、大丈夫かい?目を開けてごらん。」って目に傷がついてないかもよく見てくれる。学校ですれ違う時はいつも僕の名前を呼んで手を振ってくれるとても優しいお兄さんだ。でも、アルティン君以外の5~6年のサッカーに入って来るお兄さん達はあまり優しくない。僕のお腹に力いっぱいボールを蹴って来る人がいた。痛すぎて泣きそうになった。たまたまあたってしまったってよりは、わざとねらっているような気がする。サッカーなのにドッジボールみたいだ。でも、僕はそんな意地悪するような奴には負けない。次の週はその嫌な奴からボールを奪ってゴールを決めてやった。それにお兄ちゃん、アラン君、ファジル君はいつでも僕の見方でいてくれるから心強いんだ。ある時、お兄ちゃん、アラン君、ファジル君が低学年の試合に出場することになった。毎週月曜日に行われる低学年の上手い子しか出られない試合だ。1年生は危ないからその試合は出ることができない。3人とも格好良いな、羨ましいな、頑張れ!僕もいつか出場したい。その時までサッカーを毎日練習してもっともっと上手になろう。

第二章 12月

1.クリスマスの準備
12月に入ってから毎朝サラ先生が数人にキャンディーを2個ずつ配り始めた。僕がもらえたのは12月5日。フィンランド独立記念日の前の日だった。先生が「名前にAUKの全てが名前に入っているお友達は誰かな?」とみんなに聞いた。するとクラスメイトのレオが一番に「SAKUTO!」と僕の名前を言ってくれた。僕は前に出て先生からキャンディーをもらった。他にもあと3人の名前が呼ばれ、先生からキャンディーをもらっていた。キャンディーは学校では食べてはいけないから放課後にお兄ちゃんと食べた。学校でお菓子がもらえるなんてとても嬉しい。
音楽ではクリスマスソングを歌うようになった。クリスマスの詩の朗読も宿題で出るから、毎日お母さんと読む練習をしている。ハンドメイドの授業では画用紙でクリスマスツリーや羊毛フェルトでツリーの飾りも作った。羊毛フェルトは針で何度もつついて作るから、僕も周りの子も何度も自分の指を針で刺した。でもなぜか僕だけ出血しなかった。僕の皮膚は強いな。2枚の星形のフェルトを糸で縫い合わせた飾りも作った。針と糸で縫うのは初めてだったけれど、とても楽しかった。12月に入ってすぐダニエルはサンタの帽子をかぶって登校した。授業中もずっとかぶっていた。教室のみんなもクリスマスにわくわくしているみたいだ。わくわくしているのは生徒だけじゃない、先生もだ。12月中旬に先生だけのクリスマスパーティーが学校で開かれる。その日、生徒はみんな12時の早い時間に帰ることができる。先生にも生徒にも嬉しい日だ。

2.ファヨラちゃん
ファヨラは同じクラスにいるもう一人の外国人で、僕より背が低くてピンクとか紫のヒシャブを被っている。ファヨラの方が僕より先に入学しているから僕より追加のフィンランド語授業が少ない。外国人クラスには行かないみたいだ。初めは挨拶してもこちらを見るだけで挨拶を返してはくれなかった。もう声かけるのやめようかなと思っていた時、子供の権利の日のお祝いでファヨラが僕の折り紙を見に来てくれた。あの日、ジュラシックパークごっこをしたのがファヨラだ。お互いのおもちゃでずっと遊んだのが楽しくて、その日以来少しずつ仲良くなっている。
ある時、僕が消しゴムのかすを集めて丸めたものをファヨラの手に置いた。「これ何?」と興味津々のファヨラ。「ねり消しだよ!」と言うと、「作り方教えて!」と言ってきた。ファヨラは消しゴムのかすを一生懸命手でこねて小さな玉を作って嬉しそうに僕に見せてくれた。
1年生のみんながフィンランド語の授業をするとき、たまに僕とファヨラは先生と隣の部屋でフィンランド語の個別レッスンを受ける。今は学校で使う物の名前を勉強している。物の名前はカードを使って覚えている。もう何回も使っているからどんな物がカードに書かれているかだんだん分かるようになってきた。先生はいつもゲームをしてくれる。先生が1枚だけカードを選んでポケットに隠す。ファヨラと僕とでそのカードを当てるゲームだ。先生の次はファヨラ。その次は僕とカードを隠す人は順番でやった。僕とファヨラは何度も正解して、一緒にたくさん笑った。僕は2年生以上が入れる外国人クラスには入れなかったけれど、こうして一緒にフィンランド語を勉強できる仲間が同じクラスにいて良かったと思う。
つづく(全9章)

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