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【連載小説】語研活動日誌 #0


「名前貸してくれるだけでもいいから!」――部活新設の人数合わせに協力を頼まれた吉田遥。共用部室の一角で、遥を待っていたのは個性あふれる語学ガールたちだった! マニアックな語学トークの数々に、遥はついていけるのか?

まえがき
*noteで小説を連載してみようという試み。
*のんびりまったりマニアックな学園ものを予定しています。
*今回はプロローグ。序章に過ぎないのさ。

#0

 春。校門前に積もった桜の花弁を、用務員が竹箒で掃いている。先日の嵐のためか、おおむね散り尽くしてしまった桜を惜しげに眺めながら、吉田遥(はるか)はとぼとぼと下校していた。「凛雅学園女子高等学校」の文字を横目に、小さなため息がひとつ漏れた。

 入学からおよそ一週間。生まれつきの口下手が災いしてか、遥は未だにクラスメイトとも打ち解けられずにいた。もっとも、それは今に始まったことではない。小学校でも、中学校でも、人間関係には人一倍苦労してきた。女子高への進学を決めたのも、人付き合いが半分で済むと考えたからだった。

 だが、目下の悩みはもうひとつあった。

 部活動への加入申請、その締め切りが明日に迫っているのだ。校則により、凛雅学園の学生は部活動が義務付けられている。中学生の頃は、特に目的もなく仲良しの友達と一緒に手芸部に入った。特段手先が器用だったわけでも、手芸が趣味だったわけでもない。中学の三年間で、部活動にやりがいを感じた瞬間はついになかった。

「部活、どうしよう……」

 思わず口に出た悩みは、春先のまだ冷たい風に吹かれて消える。誰の耳にも届かないまま――。

 の、はずだった。



「ねえ、ねえ!」

 その声に遥が振り返ると、ひとりの女の子が立っていた。左胸のバッジには、遥と同じ赤の校章。学園の一年生だ。

「突然なんだけど、あたしと一緒に部活やらない?」

「え、え? あの、急にそんなこといわれても……」

 部活動の盛んなこの学園では、当然、新入生歓迎の競争も激しい。遥自身、部活動の選択に思い悩みつつも、先輩たちの熱心な勧誘には辟易していた。

 遥は返答に困って、しばらく視線を下に逃がし、続く言葉を待った。

――部活の勧誘、でも一年生ってことは、もうどこかに入部した子なのかな。でも、新入生に勧誘させたりする? そもそも、何の部活なんだろう……。

「ごめんね、言葉が足りなかった。私は一年C組の石飛(いわとび)さゆり」

「い、一年の、……あ、一年A組の吉田遥です」

 やっと会話らしい会話が成立したことに遥は少しほっとして、顔を上げた。

 このとき、遥は初めてさゆりの顔を見た。

――わ、綺麗な人だなあ。でも、こういうハキハキした感じの子、ちょっと苦手かも。

 遥より半頭身ほど高い身長、目鼻立ちの整った顔。微かに青みのかかった黒髪は、頭の後ろでラフに結わえてあった。

「吉田さん。私達、新しく部活作ろうと思って部員を募集してるの。もしよかったら、人数確保に協力してほしいんだ」

「あの、部活って、一年生でも作れるの?」

「うん、生徒会の会則に書いてあった。部員は五人以上、顧問一人以上。あとは申請用紙に顧問と担任のハンコもらって……まあ、とにかく、名前貸してくれるだけでもいいからお願い! やりたい部活あるなら、こっちには顔出さなくてもいいから」

 いまだに部活の内容を一切聞いていない遥。だが、押しの強いさゆりにどう立ち向かうか、それしか頭にないようだった。

――断ったほうがいいかな。でも、私自身やりたい部活があるわけじゃないし、部活の新設に協力するだけなら私にデメリットはないし……。それに、石飛さんも明日までにどうにかしなきゃいけないんだよね。私と同じなんだ。

「えっと……私、いまやりたい部活とかなくて、だから、私でよければ……」

 意を決した遥は、さゆりに協力する旨を伝えた。小さな声が言葉をつむぐとき、制服の裾を強く握っていた。

「ありがとう! じゃあ、私は書類の準備してくるね。また明日、よろしく!」

 さゆりは遥の手を取って二、三回振り回すと、踵を返して校内に消えていった。

 校門の前に取り残された遥はその背中を眺めながら、しばらく立ち尽くしていた。

――強引な人だなあ。まあ、いいか。私も部活動決まったし。石飛さんとはクラスも違うから、あまり関わることもなさそうだし……って、こんなだから友達できないんだろうな、私。

 一人、ぼんやりとした自己嫌悪に苛まれつつも、再びの帰路につく遥。その頭に付いた一枚の花弁に、彼女は気づいていないようだった。

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