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INFP=無力なメンヘラではないと証明する

「そんなわけないだろ」とお叱りの声が聞こえてきそうだが、ぜひ最後まで読んでみてほしい。
本記事を読み終えた頃には、INFPは決して無力なメンヘラではないことが分かるはずだ。特に終盤に待ち受ける種明かしには、「なるほどね」と膝を打つのではないだろうか。
私達は一見弱々しく見えるが、実はしっかり生き残るための戦略を見つけていることが多い。皆そのおかげでしぶとく現世にこびりついているのだ。

あれはそう――今から〇年前の話。
私が会社員になって間もない頃の出来事である。
当時の私は出社前にX(旧Twitter)で呟くのが日課になっており、

「こんな世界に生まれたくなかった。死にたい」

といったツイートを繰り返していた。既にメンヘラ地雷臭が漂っているが、終盤まで読んだら印象が変わるからブラウザバックはしないで頂きたい。
……えー、当時の私がなぜこのような言動をしていたかというと、会社という組織に全く適応できなかったせいだ。
「拝金主義」「清濁併せ呑む」といった会社員に必須の感性をちっとも持ち合わせていなかったのである。おまけに夜になると変なことをする習慣もあったので、常に寝不足だったのだ。
おかげでフラフラになりながら出社してはミスを繰り返し、お局様にイビられる毎日。

私とお局様の相性は最悪の一言に尽きる。彼女は仕事ができて口うるさくて気が強くて共感能力が無。無なのだ。
彼女が他人を評価する基準は「容姿、学歴、肩書、年収、たけのこ派かどうか」といったところ。
あんたほんとに人間か? 電卓が人間のフリしてんじゃないの? と思わず突っ込みたくなったほどだ。きのこたけのこ論争に乗っかってくれたこと以外になんの可愛げもない女である。

対する私は「優しさ、ユーモア、芸術や哲学への関心、創作技能」といったメルヘンでロマンチックな基準で人を判断している。その上きのこ派なのでウマが合うはずもない。

たとえばこんなエピソードがある。
入社してすぐに、お局様は会社の前を通りかかったおじさんを指さして「あの人キモくない?」と笑顔で話を振ってきたのだ。「お腹ポッコリ出てるしシャツもダサすぎ、ここまで来ると面白いよね」とかそんなことを言っていた気がする。
お局様の表情には、「新人のために無難に盛り上がれる話題を振ってやったんだから乗ってこい」という期待が表れていた。

ところが私の反応はというと、引きつった声で「あはは~」と返すだけであった。
私は「何も悪いことをしていない人間の容姿を貶すのは人としてありえない」という確固たる倫理観があるので、この手の話はなるべく避けるようにしていた。
小中学生の頃はさすがにお付き合いでクラスメイトの容姿を茶化す雑談に参加したこともあったが、後から罪悪感でクヨクヨするのがわかっているので、高校生以降は全力で拒絶するようになっている。
私はこういう倫理観スイッチが入ると、異様な頑固さを見せるのでたびたび周囲を驚かせる。

「……ん~? あのおじさん面白くない?」
「あはは~」
「……」

見えない火花がバチバチと散った瞬間だった。社内政治を考えるとここでお局様の雑談に乗って、おじさんの悪口で盛り上がった方が良かったに違いない。
生意気な新人(しかも仕事ができない)の誕生だ。イビられるに決まっている。あげく数週間後には昼食のうどんをお局様のデスクにブチ撒けるというドジもやらかした。もはや死刑宣告に近い。
元々ミスが多かったのもあり、勤務中ずっとガミガミ叱られるようになったのは当然の成り行きだった。
数ヵ月も経つと私のTwitterは極限まで情緒不安定となり、

「優しい人と死にたい。私と心中してもいいって人はDMください」
「お母さんごめんね。たぶん私、貴方より先に死ぬと思う」
「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ」
「いつも泣いてるから、自分が泣いてない時の顔忘れちゃった」

と鍵垢でデスポエムを垂れ流す狂人と化していた。
もはや現実世界に関心を無くした私は、とあるストレス発散法に夢中になっていた。友人にもフォロワーにも言えない、秘密の一人遊び。とても恥ずかしいことだとわかっていたが、その快楽に取りつかれてしまったのだ。

……ああ、またやっちゃった。

一度始めるともう手が止まらなくて、朝まで続けることも珍しくなかった。
そうして自己嫌悪に苛まれたまま起床し、目の下にクマを作って出社する。こんなに不健康なINFPが一体どんな仕事をしていたかといえば、食品製造業であった。単純作業が多くてあまり興味を持てない業種だったが、田舎にしては賃金が高かったので渋々就職したのだ。
とはいえ仕事に興味を持てずとも、「自分の作った食べ物で喜んでいる人がいる」という誇りは労働意欲に繋がっていた。
繋がってたんだけど。

ある朝出社すると、上司とお局様がゴシゴシと倉庫の棚を拭いているではないか。一体何事かとたずねると、

「保健所の抜き打ち検査で細菌量が基準値を超えていると判明した。このままでは営業できない」

という答えが返ってきた。
私の感想は「だろうな」であった。なぜなら食品を扱う会社でありながら、社内でネズミやGやコウモリと頻繁に遭遇する環境だったのだから。
元は森林だった土地を切り開いて社屋を建てたため、周辺の大自然からウジャウジャと生き物が押し寄せてくるのである。この場合むしろ、野生動物が暮らしていたエリアに我が社が侵入したと言った方が正しいのかもしれない。
しかも激務なので清掃が追い付いてないし常に床が濡れてるし、衛生観念? 林に置いてきたましたが何か? という感じ。

私の心はいよいよ折れてしまった。
今まで自分が売っていた食品は保健所の検査に引っかかるくらい汚かったんだ。そんなものを世に出してしまったんだ。もしかしたら私達が作った食べ物でお腹を壊した人だっているかもしれない!
倫理観スイッチが入った瞬間である。
私はオロオロしながら上司とお局様に「うちの商品、大丈夫ですか。こんなの売って良かったんですか」と泣きついたのだが、

「知らん。まあ保健所の連中はこの棚のサンプルで細菌検査したらしいから、ここだけ綺麗にしとけば次の検査はいけるんじゃねえかなあ。どうせ同じところ調べて検査するんだろ?」

「それは貴方が考えることじゃないよね。もっと上の立場の人間が考えることです。黙って手を動かしなさい」

駄目だこの人達……。
実務はできるのに、その実務をこなした結果世の中にどういう悪影響を与えるのかは全く興味ないんだ……。
(実際、後でこの会社の食品は同じ製造法では販売できなくなるところまで追い込まれたので、私の指摘はただの泣き言じゃなかったんだからね!)

この頃の私はすっかり精神的におかしくなってしまい、例の夜中に行う一人遊びの頻度は週7回に達していた。
そして勤務中は独り言を呟くようになり、社内で小動物が出没するとにこやかに話しかけるようになっていた。
あれほど気持ち悪かったネズミもGも、上司やお局様に比べれば可愛いもんである。単にばっちいだけで悪意はないし。

「ウフフフ。またネズミさんが出た~。ほら、この殺鼠剤お食べ。美味しいよ」

当時の私は友人に何の仕事をしているのか謎に思われていたそうだ。
「虫や動物とお喋りしながらお掃除する仕事だよ。でも意地悪なお局様がいるの」という説明をしたのが良くなかったらしい。
「なにそれディズニープリンセス?」とあらぬ誤解を招いてしまったことをここで謝っておきたい。確かにお局様は意地悪な継母役がしっくりくるけど、私の前にはカボチャの馬車も優しい魔女も現れなかったのだから。
代わりに現れたのはアルツハイマーのおばあちゃんだった。

精神状態が限界に達していた秋のことである。
出社前に立ち寄ったスーパーのフードコートで休んでいると、一人のおばあちゃんが声をかけてきた。

「あら貴方、これからお仕事? どこで働いてるの?」
「え? あそこの食品加工会社ですけど」
「偉いねえ。何歳なの?」
「2☓歳です……」
「そう……そういえば貴方、どこで働いてるの?」
「(一回じゃ聞き取れなかったのかな?)あそこの食品加工会社ですけど」
「そう……そういえば貴方、どこで働いてるの?」

あ、このおばあちゃん痴呆だ。会話が無限ループする。
面倒な人に捕まっちゃったなあと思ったが、昔からお年寄りに話しかけられるとつい相手をしてしまう。
だってこのおばあちゃん、私以外に話を聞いてくれる人がいないのかもしれないし……そう思うとつい放っておけなくなってしまうのだ。
っていうかボケてるならどうやってこのスーパーにやってきたんだろう? ちゃんとご家族はいるのかな? 迷子の徘徊老人とかじゃないよね? あれこれ気を揉んでいるうちに出勤時刻が迫ってきたので、私は「おばあちゃんごめんね」と会話を切り上げてその場を後にした。
去り際におばあちゃんがかけてきた言葉は、

「そういえば貴方、どこで働いてるの?」

であった。
会話はほとんど成り立たなかったが、おばあちゃんは明らかに私に話を聞いてもらって嬉しそうにしていた。
衛生的に怪しい食品を製造する仕事なんかより、お年寄りの話し相手になる方がよっぽど有意義だったんじゃないだろうか? 
もっと寄り添ってあげればよかった……。

とまあ、私の意識は完全におばあちゃんに向かってしまい、仕事は一切手に付かなくなっていた。もちろんお局様は鬼の形相で私を叱りつけたが、もはやどんなお説教も私には通じなくなっていた。
おばあちゃんとの出会いで、私はようやく自分の特性に気付いたのである。

私は人を喜ばせるのが好きだ。誰かの心に寄り添うのが好きだ。そして実は注目されるのも嫌いじゃない。
企業利益なんてどうでもいい、世間体なんてもっとどうでもいい、誰かの精神的な幸福のために生きられるなら、それが一番じゃないか。
幸い私が夜な夜な行っている一人遊びは、ネットで公開すると評判がいいのもわかっている。特に男の人が喜んでくれるようだ。ちょっと過激だけどそこがまた良いらしい。そんな風に喜んでくれるなら、たとえ恥ずかしいものであろうともっと見せてあげたくなる。

もうこんな仕事は辞めだ!!!!
私は自分の適性に合った仕事をするんだ!!!!

己の本心に気付いた私は、すぐさま辞職の意思を上司に伝えた。
なにせ人手不足の御時世である。きっと無理やり引き留められるんだろうな、でも絶対辞めてやるからなと臨戦態勢に入っていると、上司は腕を組みながら言った。

「うーん。俺もう辞表出してて来月にはいないんだよなぁ。そっかー、君もいなくなるのかぁ」

いやあんたも辞めるんかい。
しかも私より先に退職の準備進めてたんかい。
眩暈を覚えながらお局様にも辞職の意思を伝えると、

「ん? 私も辞めるけど?」

という答えが返ってきた。
「っていうか貴方、辞表届出すの遅い方に入るんじゃない? 意外と根性あるね」
と褒めてもらえた。まさかこんな形で評価されるとは……。

なるほどねえ、やっと合点がいったよ。上司とお局様の無責任な思考停止は、どうせもうすぐ辞めるから適当でいいやという投げやりさから来ていたのだ。次の仕事が見つかるまでの食い扶持としか考えていなかったから、不道徳な商品を売りつけることにも何の抵抗もなかったのだ! 
本当に無能で有害なのはどっちだ!! もっと大きな視点で見ると社会に害を与えてるのはあんた達の方でしょ!!
多少ミスが多いとかデスクにうどんを零すとか、そんなことで落ちこぼれ扱いされてた私よりよっぽど酷いわ!!
頭にきた私は夜中の一人遊びで上司やお局様も使うことにした。めちゃくちゃスッキリしたので天にも昇る心地であった。

『じゃあ、これ来年出版ということで』

そう。私が毎晩行っていた一人遊びとは、
「小説を書いてネットで公開する」
という行為であった。
私はとっっってもメルヘンな頭の持ち主なので中々悪人を書けなくて困っていたのだが、ブラック企業の上司とお局様という本物の小悪党と出会えたことで、悪役の描写にリアリティが出るようになったのである。君達は作品の材料として使わせてもらった。本当にありがとう。
あんたらと雰囲気が似てる悪役を正義の主人公がギッタンギッタンにやっつける作品で商業デビューに漕ぎつけましたからね! 
今では会社員時代よりお金周りよくなったわ! ばーかばーか!

とまあ、前の職場ではトロくて叱られると目をすぐ潤ませる無力な新人として振る舞っていた私だが、ひそかに周囲の人間をみっちり観察して創作活動に役立てていたのである。
これこそまさにINFPの特性を生かした逆転劇であろう。確かに精神的に弱いし単純作業は苦手なのだが、こんだけ毎日なっがいモノローグで病んでるなら作家は向いてそうだと気付いたのだ。
SNSで心の闇を垂れ流せばただのメンヘラだが、原稿に叩きつければ小説家になる。物は使いようである。
案外こういうふてぶてしさを持ち合わせたINFPは多いんじゃないかな? 

*なお名誉棄損になったら不味いのでいくらか事実とは異なる形に改変したりぼかしたりしてありますが、大まかな流れは現実にあった出来事です。ひっどい会社!



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