4-2 希望格差社会

今日になってから昨日の分を書いたのだけれど、あまりに自分が希望に満ちすぎていて結構キツい。もちろん素直な気持ちで成長しなくてはと思えているし、素敵な方々だと感じているから過度な期待とか希望的観測ではないのだけれど、プラスな感情よりマイナスな感情の方が自分にふさわしいと思っているし、ここ10年ぐらいはそこからの視野で見ているので常にマイナスな気持ちをどこかに抱えていたいというクソ感情があるらしい。

それに、最近は同じマイナス感情が底にあるからこそ繋がる絆があると思っていて、根本が違うなって感じる人との差異ってそこの違いなんじゃないかとさえ思う。自分の恋人がそうで、マイナスな面を話す気になれない。

というか苦しんでいるときに「何かあって」苦しんでいることが前提になっているのがその時点で結構キツくて、もちろんそういうときもあるのだけれど、何かがあるときもあればないときもあるし、自分で考えることによって苦しんでいることが大半なので。

加えて、既に考え尽くしたことやポジティブだからこそ可能なアドバイスをくれるのでどうしようもなく辛い。というか何かがあって辛いならともかく、何もなく辛い人間に持論展開したって変わらねえよ。むしろ悪化するのでやめてくださいとさえ思っている。

そんな中でも本当に恋人を必要として自分から話すときに限って、話を聞いてもらえないのはなんなんだろうな。

俺が直そうとしないのがいけないのかなあ。でも人間たるもの複雑なら複雑なだけいいと思ってるからなあ。俺の理想を変えてくれる哲学者いねえかなあ。だけどさ、歌詞とかにある「有名な哲学者達だってこの気持ちを解決してくれないんだ!」みたいなこと言ってるのあるけど、哲学って普遍的な真理の探求をする学問なんだから、「キミ」の真理の探求は君がしたらいいと思うんですが。急になんですか。すみません。

愚痴ばっかだよ今日の日記。そうだな、図書館に行こうと思って歩いてたら桜祭りみたいなのがやってて、一人でフライドポテトを買い、一人で食べた。他人の楽しさの中にある孤独ほど虚しいものはない。ポテトももうない。

あとは自己肯定感が急流下りで、俺の中からある意味悲鳴が聞こえてきそうな感じだった。あーあ。

自己肯定感をちょっとでも上げるために、そして新しい職場で使うこともあり、買い物に出たのだが、想定していたものを買いに行く途中で別の店に入り、別のものを買ってしまった。な〜にしてるの?俺。

今日の言葉… 卒業入学シーズン、北海道では桜は咲いていません #tanka

P.S. 坂本龍一さんにご冥福をお祈りします

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