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親の言葉で傷ついていたと気がつく瞬間 〜紅白歌合戦を観ながら〜

相変わらずめでたくもない新年。
人間が勝手に決めたカレンダーの中で、めでたい日もそうじゃない日も別にないんだったな、と思い出したりと。

毎年、実家でのんびり過ごすお正月も
居間に響くニュース速報と緊急地震速報の音で緊迫感漂い。

私がちょっとだけイラっとして、
「早く家に帰って1人になりたい」って感じていたのは多分、地震と事故のせいだけじゃない。



私の父は、THE 昭和の男。って感じの人。
基本的に家事は女がやるものと思っていたり、
髪を染めたりすることも怪訝に思うようなところがある。

昭和も平成も令和も関係なく、知らないものは怖い。
きっとただそれだけのことなんだろうけれど、
父が知らないものを知るには体力も気力もない。
いや、そもそも知りたいとも思っていないのかもしれない。



「うわ!気持ち悪い!」
「何この声、変なの」
「これ男なの?気持ち悪いよね」
「本当にこいつ嫌いだから番組回そう」
「こんな色の髪でテレビ出てくるなよ」

紅白やCDTVを観ていて、どうして人を傷つけたり、貶したり、下に見るような言葉ばかりが口から出てくるのだろう。

幼い頃の私を多くの言葉で導いてくれた、その口から溢れ出る中傷は聞くに耐えないものばかりだ。


一人暮らしをして、初めて気がつけたことは
久しぶりに実家に帰った時に感じたこの気持ち。


「あ、私って親のこの言葉に傷ついてたんだ」



27年かけてこの身体に蓄積されてきた偏見の根拠と、
知らぬ間に負っていたダメージの理由が分かった気がした。



父だけに限らず、歳上の世代との違いを感じることがよくある。
物事を測る物差しの違いなのか、価値観の違いなのか、哲学の違いなのか。
それは身をもって体感してきた災害や事件事故の違いによって分断されているのか、接している文化・芸術の違いから生まれた分断なのか。
一体何が変わればこんなにも変わってしまうのだろう。


時代が変わったからとか、そういう時代だからとかじゃない。

無知の恐怖と戦う口実として、わざわざ他人を傷つけるための言葉を用いて、わざわざ自分の口を汚すことはない。



争いたいわけじゃない。
言い争いをしたいわけでもない。

ただただ自分を守るために、中指を立てておかないといけない日だってある。

同世代の人たち、負けずにいこうね。

背中も押せないし、肩も組めない、ハグだってできないけど。
一緒に私も中指立てて、ここにいるから。

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