〇〇さんは知らない

小学校、中学校、高校、大学、学生の期間の間には、自分を変えることが出来る期間が存在する。私の時は、それを【デビュー】と言っていた。病弱で気弱な小学生だった私が変われるチャンスが最初に訪れたのは、中学生に進学した時だった。地域の小学校から集まっていたその学校では、私の小学校は完全にマイノリティーな存在で、クラスでは知り合いが少なく、ここでは病弱で気弱な私を知る人は少ない。だが、そこで変われるチャンスを私は失なった。野球部に入ったのだが、直ぐに体調を崩し暫くの間部活を休んだ。まだ仮入部だった事も影響したのかも知れないが、復活した時には、完全に野球部にはそれぞれの輪が出来ていて、私はその輪に飛び込むことが出来かった。馴染むよりも、やはり病弱というイメージが中学でも拭うことは出来なかったのだ。

次のチャンスは高校に進学した時にきた。同じ学区とは言え、中学からの同じ高校への進学する人は数名と少ない、その高校は一学年で10クラスもあったので私を知る人は圧倒的に少なく、病弱という言葉は私の中だけに存在していた。私はここでやっとデビューすることが出来た。

高校デビューしたての私は、明るくそして元気なキャラを目指し彼女を作りたいと思っていた。通学途中に地元の駅から学校までの間で、当時人気アイドルの菊池桃子にそっくりな彼女に一目惚れをした。電車の中でも、学校でも彼女は目立っていた。デビューしたての私は、正直浮かれていた。調子に乗った私は無謀にも彼女に声をかけた。

すると翌日、彼女の友達だと言う外見はまるで怪物くんに出てくるフランケンみたいな同級生が来て言った。

「お前さ〜○○に声かけただろ!知らないようだから教えておくけど彼女はね〇〇族の〇〇さんのお気に入りだからさ〜チョッカイ出すなよな!」

終了〜

あっけなく私の高校デビューは終わりを告げた

当時の学校はそれなりに荒れていて、〇〇族も地元では超有名。〇〇さんも上級生で見たことがある超怖い伝説の持主だった。今では、〇〇族なんていないのかも知れないが、当時は〇〇族同士の喧嘩とか頻繁にあった。高校デビューしたばかりの私が手を出してはいけない女の子だったのだ。

なのに何の因果か、テニス部に入ったら彼女はいるし、テニス部の合宿にもいるし、意図していない先々でよく会うので正直ずっと距離をとっていた。そんな彼女とは結局、高校3年間同じクラスにはならないものの、ずっと隣のクラスにいたので、いやでもその存在が気になっていた。

やがて、高校を卒業して、社会に出て、いろいろな恋愛経験を経て、今の妻と結婚をした。妻は、私の恋愛した女性を全部知っている。当然、高校デビューしたてのこの話も知っている。結婚してから住んでいた地元を離れて妻の地元へ新居を構えた。ここでも、ある意味デビューなのだ。この街では、誰も知り合いがいない。そんな誰も知り合いがいないこの街で、まさかの人に会う。

ある時妻が、ショッピングモールで私に話しかけた。

「あれ、〇〇さんじゃん!ほら、尚の好きだった人」

「本当だ!〇〇さんだ」

「〇〇さんって相変わらず、綺麗だね〜私も結構買い物中に見かけるよ」

「そうなの?」

こんな歳になっても、高校デビューの思い出がついて回るなんて。私も妻も〇〇さんを知っているのだが、〇〇さんは私達を知らない。同じ高校で同級生だったのだが、私達だけが一方的に知っているだけなのだ。向こうは決して私達が誰だか知らない。高校時代の会いたい友達とは会う機会がないのに、〇〇さんを見かける機会が多いのは何故だろう?

妻も言う

「不思議だよね〜10クラスもあった学校なのに、もっと他の人を見かけてもいいはずだけど、いつも見かけるのは〇〇さんだよね〜」

「でも、尚と結婚していなければ私も気づいていないかもね」

「そうだね、きっとすれ違っている人の中に、もしかしたら逆のパターンもあるのかもね」

「向こうだけが一方的に知っているパターン」

「尚の場合は、もはや笑い話だけどね〜」

「笑い話に出来たのは、君のおかげだよ」と言いかけて止めた。私にそんなセリフは似合わなし、また、妻に笑われてツッコミを喰らうから。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?