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掌編 散りゆきて


神話部お題 収穫
千文字掌編小説

散りゆきて

「とおかんやとおかんや とおかんやのわらでっぽう」

 四つ身絣を着た元気な子供達の声が、高くなった空に響く。

── 豊作だ。ただ美桜子みおこさん、許してくれとは言いません──

 あれから五年。一介の書生から博物館に職を得た正一郎は、長く避けていた郷里の収穫祭に足を運んでいた。

「名前負けですよね。でもわたし、桜が好きなんです」

 東京市の駒込片町。縁あって正一郎が世話になっていた恩師の家から、そう遠くない屋敷に住む美桜子は、内務省官僚の一人娘だった。二人は時折り散策する公園で知り合い言葉を交わすようになった。

── 身の程を弁えろよ──

 品の良い洋装姿の美桜子に会うにつけ、そう自分に言い聞かせた正一郎。ふたりは並んで歩き、たわいもない話をする。ただそれだけであった。

 正一郎と美桜子が知り合って半年。桃の節句も過ぎた後、暫く姿を見せていなかった美桜子が公園の桜並木の下に佇んでいた。

「美桜子さん!」正一郎は思わず駆け寄った。

「あら、正一郎さん。暫く来ない間に、ほら、いつの間にか綺麗に咲いているの、桜」

「そうですね、もうすぐ満開だ」正一郎も桜を見上げる。

「美桜子と言う名、名前負けですよね。でもわたし、桜が好きなんです。散って欲しくないわ」白い肌がいつもより一層白く、美桜子は美しい笑顔を見せた。

「桜の木には豊穣の神様が宿ると言われています。古くは花の散り具合で穀高を占ったとか」正一郎は、うちは農家ですからという言葉を飲み込んだ。

「散り具合?」と美桜子が尋ねる。

「はい。きっと豊作を楽しみにせいと、神様が美しく花を吹雪かせるんじゃないかな?だから散る姿も楽しみだ」そう言って正一郎は微笑んだ。

「…… 花吹雪…… 散っていく姿ですか…… そうですね…… 」

 八分咲きの桜からひらりと花びらが落ちる。それを受け止めようと美桜子が掌を差し出した。傾き始めた光の中の姿。

「美桜子さん……」

 正一郎が美桜子と過ごした、それが最後だった。
 心臓だった。桜の葉が薫風に揺れる頃、正一郎は美桜子の逝去を知った。

 十間夜。子供達が歌いながら藁鉄砲で地面を叩き回る。収穫祭の変わらぬ光景であった。今年の収穫を喜び、そしてまた来年の豊作を願う。

 落ちる花びらを受け止めながら、桜木の下で佇んでいた美桜子。散って欲しくないと漏らした美桜子。

── 来年、また次の花を──

 何気ない自分の言葉に自責の念を背負い続けてきた正一郎は、刈り入れの済んだ土を静かに、触った。

【了】


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以前書いたエッセイに関連付けた物語にしてみました。

エッセイでは咲き具合散り具合と書きましたが、今回は物語の性質上「散り具合」にのみ焦点を当てました。

時代は明治時代終盤か大正時代初期くらいをイメージしてます。

*駒込片町とは、旧本郷区にあり、現在の文京区本駒込にあたります。

*十間夜とは、主に東日本で行われる収穫祭です。


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