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ある日のレッスンで

「え~なんで~? 光るからきれいなんじゃないの?」
 はいはい、言われると思いましたよ。ここはさらっと返してしまおうとわたしは思った。それにしてもクーラーが効きすぎている……
「うん、そうかもしれないけれどせっかく古びたイメージで作ったから、ここはつや消しのニスがいいんだよね」
 トールペイントの教室では、見本をもとにそれぞれの図案を写し取って描き進めていくために、見本のまま描いて貰いたいと思う先生が多いらしい。先生である前にペインターとしての、作家としてのこだわりがあるのだという。でもこの教室の先生は少し違う。色や素材をどんどん変えて、自分好みの作品にして欲しいといつも言っている。
「変えて、どんどん変えてよね、面白いからさ」
 その言葉に甘えてわたしは、最初の基本作品から色も素材も変えて仕上げてきた。ずいぶん冒険するね、と周囲の人から言われながら……


「みどりさんは、構図まで変えちゃうもんね」少しだけ白髪が混じった髪をふわっとおろしたまま、きらきらしたものが好きなさっきの彼女が、わたしのほうを向くこともなしに何気なく言った。
 はい、おっしゃるとおりでございます。このモチーフにあっちのパーツを加えて、ベースはこのやり方で作りたい。ついでに素材はこれ。なんともわがままな要望を毎度毎度出してくるために、わたしは変わった人だと周囲には思われている。
 けれど先生はそれが面白いらしい。
「そうそう、次も構図から変えたいな。今度はこのフラガールのモチーフを変えて作りたいの。上半身だけのシルエットでここに配置させたいの。先生図案書いてもらえる? 」とわたしはひとつの作品を指さしながら、先生に聞いた。以前から、描いてみたいと思っていたイメージがわたしにはあった。
 この『変わった人』であるわたしの、次の要望に多少の興味を持ったのか、他の三人の生徒が「ならこっちのモチーフを少し中央に動かしたほうが無駄な隙間がなくなるんじゃない」と意見を言いだした。それ以外にもあれやこれやとアイディアをくれる。
 彼女たちも、本当は構図から変えた作品を作ってみたいんじゃないかな、と少し前からわたしは感じていた。ビーズやラメを加えていくことなんかもありだと先生が言った時、彼女たちが「いいんですか! 」と目を輝かせていたのは春先のことだった。
 オリジナル作品を作る作家の先生が、どんどん変えていいのよと言っているんだから、みんな自分好みにやってみようよと一度言ってみるのも悪くないかも知れない。みんなもそれぞれ『変わった人』になれば楽しいじゃない、とわたしは思った。
「ありがとう、でもこの隙間にわたしは文字を入れたいの」わたしの周りで興味を持ち始めている彼女たちに、笑顔を向けた。
 そう、その文字を入れてこそこの作品は完成する。
「そうなんだ、どんな文字を入れるの? 」
 トールペイントで文字を入れずにそれを表現できるほど、わたしは器用ではない。そろそろわたしが大切に感じているものを、作品に込めてみたいと思っていた。この教室はハワイアンをモチーフにしたトールペイント教室なのだから、ハワイで知った、わたしの中にある大切にしたいものを作品に込めてみよう。
 わたしは先生に書き込みたい文字を伝えた。
 それは6文字のアルファベットで、ハワイ語の『風』という意味になる言葉。それをトールペイントで描いてみたいと伝えた。
 その言葉が聞こえたのか、他の三人の生徒たちが笑いながら腕をあげてゆすりだした。
 自分の思うように描いてみましょうよ、と楽しそうにフラで風を表すポーズをとっている彼女たちに、わたしはそっとつぶやいてみた。



先日のレッスンでのことを、ちょっとだけ物語風に書いてみました。

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