婚礼にて《高砂やこの浦舟に帆をあげて》
桜がテーマのコラボ作品で、嫁入りの話を書かせていただきました。
https://note.mu/yuurin/n/n2d76934997f4
その中に出した『高砂や』
昔は仲人さんが祝言の席で披露する定番中の定番でした。
正式なものと婚礼用では多少違うのですが、こんな謡です。
『高砂やこの浦船に帆を上げて
月もろともに、入汐(いりしお)の
波の淡路の 明石潟
近き鳴尾(なるお)の 沖行きて
はや住吉(すみのえ)に 着きにけり』
江戸時代には、これを披露するのが仲人さんの大きな仕事だったので、なかなか大変です。謡は誰でもが日常的に嗜むものではないですからね。
さてさてこの『高砂や』と婚礼にまつわるエピソードをひとつ書きたいと思います。わたしが出席したものではなく、また仕事で立ち会ったものでもありませんが、聞いた話としておきましょうか。あ、もちろんわたし自身の話でもありません。
今から30年程前のエピソードです。
一組のカップルが結婚式をあげました。無事に式が済んで、いよいよ披露宴です。神前式でしたので、その流れで迎賓付き(屏風の前でお客様をお迎えする)和装スタイルです。
お出迎えが終わり、いよいよ新郎新婦入場です。
おふたりの入場は、謡『高砂や』でおこなわれました。この時代でもなかなか見られない光景です。
この『高砂や』を披露した方は、暗転した会場の隅にしつらえたパーテーションの中から、マイクを通してうたわれました。本格的な謡です。
要するに、披露する姿が誰にも見られないようにしていたというわけです。もちろんこれに関して、よくある紹介等も一切なく新郎新婦がメインテーブルに到着すると、披露した方は黙ってそっと自分の席につかれました。
座られたお席は二番目の末席、つまり新婦のお父様のお席です。
新婦さんは『高砂や』の中でどんな思いを胸に抱き、歩かれたのでしょうか。そして黒紋付のお父様は、どんな気持ちでうたわれたのでしょうか。
紹介もなく、隠れた場所からただうたいあげ静かに自席に着かれる。この方法を考えられたのはお父様自身だったとのことです。式場関係者、とりわけプランナーさんは恐らく見たことのない光景だったろうな、と想像がつきます。
これをひとつの演出として捉えるならば、冴え渡った演出です。婚礼業務をしてきたわたしは絶対にそう思います。
そしてそれだけでは無い、参列されたお客様には直接知られることのない、ある意味隠れた光景が醸し出す空気。父と娘の胸の内を想像すると何とも言えず、その場に立ち会ってみたかったと今でも思います。
『日本の美』これはきっとこういったところから生まれるのかもしれませんね。
きっとこのことを思い出しながらわたしは140字の『嫁入り』を書いていたように、今、感じています。
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