流れは塵とともに
断つ
気が付くとみつは山の中にいた。何かに導かれるように山の中を歩いていた。
怖い物見たさ。
怖れという名の好奇心が、みつを山へ向かわせたものの正体だと、気付くことも無いままに山の中を歩いていた。
あの時、桔梗が言った言葉の意味が、みつにはわからなかった。
「それが舞手の血か? 」と尋ねたみつに
「血…… 血とはまた…… もしそれが運めを決めるなら、わたしは運めにあらがって生きるしかなさそうじゃな」
「ふふふ」桔梗は言いながら、確かに笑っていた。
風の思うままに木々が揺れる。月は明るさを失わない。
ふっと気配を感じて、みつは身を硬くした。その背中に響く声。
「桔梗は自ら流れた」
天狗! いや山伏か…… 桔梗を知っているというか……
「何処へ? 」「何故? 」みつは恐る恐る目の前の、異形を放つ山伏に尋ねた。
「なぜそれを聞きたいのじゃ…… まあよい…… 西へ。鎌倉から都へ幕府が移った今、その方が身入りが良いと考えたのじゃろう」
「身入りが良い?そのためにおなごひとりで見知らぬ土地へ行ったというのか」みつには到底理解できることではなかった。
「葵ひとりを残してか。母者が死んだばかりだというに、たったひとり姉を残してか! 」
「桔梗は傷を負った侍に、山で捨てられた子。おおかた質にでもとったあげく、持て余したのじゃろう。それをわしが拾って、死んだ京に託した。もし畑の中に捨てられていたら、おぬしのように百姓の娘として育っていただろうに」
それじゃあ…… みつの脳裏に桔梗の顔が浮かんだ。 問い掛けた言葉にふふふ、と笑う桔梗の顔。
血 は 血、そして運めは運め
チガウニンゲンと呼ばれる美しき舞手の姉妹
「葵はどうする! 」
「何をムキになっておる。葵、アレはアレで、自らの身を考えるじゃろう。もともと、桔梗と離れた方が良いと思っていたのは、葵の方じゃからな」 「舞うだけでは食ってはいけぬ。葵一人では身が立たぬのは承知の上で桔梗を離した。血も運めも振り切る覚悟。桔梗の熱、葵の情…… おぬしには到底わかるまい」
月がかすむ。やがて雲が動くまで。
「葵は男じゃ」
粗末な夕餉の箸をとる。
山伏の言葉通り、みつには全くわからなかった。桔梗の熱も、葵の情も…… そしてふたりの覚悟というものすらも。
わからない上に、村人同様蔑む気持ちが溢れてくるのを感じていた。自分が教えられ信じてきたもの、それは村人の誰もが信じていることと同じはずで、それがこの世の理というもの。我欲のために村を捨てた桔梗には、真っ当な暮らしなどできるはずもないと、みつは自分に言い聞かせた。
ただ毎日をつつがなく暮らしてゆくこと。それ以外に、何を望むことがあるというのか。
皆が言うように、あの姉妹はやはり生きる世が違う者なのだ。賤しい血が流れているのかも知れない。
明日になれば、また土を触り草を摘む。お天道様のご機嫌を伺い、神仏に手を合わせる。やがて嫁に行き、子を育てる。おなごにとっては、それが普通に生きるということだ。それのどこに不都合なことがあるものか。葵が男だなどと言うのは、山伏の嘘に決まっている。わたしはからかわれたのだ。山へ入ったことは、罰当たりなことだったに違いないと、みつはまるで穢れを祓うかのように、桔梗と葵の姿をその胸から追い払った。
あの時胸に落ちた朱の花弁は、何かの間違いなのだとみつは自分を恥じた。
愛情も意地も塵のように崩れ、やがてのみ込まれる。何が人を追い詰めるのか、それも知らぬまま村人の好奇な目が何かを探り、そして口にするのだろう。
今度は葵が消えた…… と。
終わり
この物語は何について語っているのか。
それは読んでくださった方の判断にお任せしたいと思います。
最後までありがとうございました。
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