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そりゃ忘れられないですよ、あのバイトは

昔ながらの喫茶店の、銅マグで飲むアイスコーヒーが好きだ。

でかい寸胴に入った切り出し氷めがけて、アイスコーヒーを落とす。
雑味の少ない水で丁寧に落とすアイスコーヒーとは違う。後味に、納豆が入っていたパッケージやら履いた後の靴下を噛んだような匂いを、ほのかに感じるのはわたしだけだろうか?

そもそもアイスコーヒーそのものが邪道だ。雑だろうとなんだろうと、昔ながらの喫茶店の昔からながらのやり方で落としたアイスコーヒーに、たっぷりのクリームを入れて飲むのが好きだ。銅マグなら最高。

わたしは学生時代と、結婚退職した後二年程某大学病院の喫茶室でバイトをしていた。銅マグでアイスコーヒーを飲むと、そのバイトを思い出す。
喫茶店たるもの、アイスコーヒーが切れたら店は動かない。何度か準備中の看板を出した。わたしには、もう無理だと思ったら、準備中の看板を出す権限があった。

つまり、それくらい忙しい店なのだ。
座席は、ソファー席に横並びの4名掛けであるはずのテーブルが、確か4~5。後はカウンターだ。たいして人数が入れるわけでは無い。常識では。

ただし、お尻さえ入ればいいのよというおばさま達が、4名掛けに7人位で座っているし、勝手に相席は当たり前だ。
飲んだら出て行くという素早さで、回転が半端ない。飲み物だけなら、平均滞在時間は15分程度だ。
その他にも、病室を除く院内出前という曲者がある。

救命から電話が来るとわたしの眉が跳ね上がる。

「クリームあんみつ20なんて、やりませんよ!器が足りなくなる」
「紙コップでいいからさ~お願い~」

「じゃあ、検尿用の紙コップ救命に貰いにいきます」

店の器より衛生的だ。しっかり殺菌されている。そこにクリームあんみつを作り、定価を請求した。

小さな喫茶室なのだ。だから油断するとアイスコーヒーがきれる。
そして大きな寸胴で、わたしは銅マグに入れるアイスコーヒーを、雑に落としてきた。

有名人の来店もそこそこあり、ある時わたしは、完全にわたしが悪いのにもかかわらず、かの宇崎竜童氏に丁寧に頭を下げられ「申し訳ありませんでした」と謝られたことがある、のだが……

それはまた、別の話。


#随想 #エッセイ

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