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語り部が捨てた神話

※語の注釈の後述あり

語り部が捨てた神話 


その昔、この国に知られる神々は、実は血みどろの争いの果てにおわしたのだと、密かに伝えられていた。そしてそれを知る者も少なからずいたと言う。
神々をめぐる噂は、国家の一大事業である国書編纂に主要な役割りを果たすはずの人物、稗田一族の、その者の耳にも届いていた。


松尾山

青白い頬をした若者と、黒の装束を纏った者が山を見上げた。

「烏よ、ここか?」
「ああ、そうだ。大倭の宮からほど離れたこの地であればと。離れすぎて目が届かぬのも物騒ゆえ」

「どうしてまた……」

「遥か昔、今のスメラミコト(天皇)より遡る事何代も前、まだオオキミ(大王)と呼ばれてはいたが、そのオオキミは、治世のためにそれまでの大きな墓にかわるような何かが必要になってくると考えた。
大き過ぎる墓を延々と作り続けるわけにもいかぬからな。
オオキミがオオキミである事を示す神の代の言い伝えだ。それをもって墓のかわりに治天下のオオキミたらんことを知らしめようとした」

「あぁ、オオキミであるための証と…… 」

「だが…… その時に、そこにあってはいささか都合が悪すぎるものも少なからずあったと言う。
あってはならぬものを、とある巫覡が捨て置いたのだと思ってもらえれば良い。
それを当時の我ら烏が拾い上げてこの山に隠したというわけだ」

若者の唇からため息がもれた。

「なんと…… 全くの噂話という訳でも無かったというわけか…… 」

烏と呼ばれた者の話が続く。
「まこと語り継がれ各々に散らばるものを、ある巫覡が詠唱し、烏が大量の木片に書き付けた。それがここに眠っておる。無論取りこぼし紛れたものもあるにはあるが…… 無論今となっては、この山に置かれている事を知る者は殆どおらぬはずだ。日継ぎの御子に御一族以外の者が立つ余地はもはや無い。知ったところで利する者などおらぬゆえ」

「どちらにしても、奏上されてきた古詞は正しくないと言うわけだな。わたしは国書を定める為に古詞誦唱の任を仰せ付かった身。
……… さすれば隠したものを見せて貰おうか」

「それには及ばぬ。こちらに眠る神々は封印されておる。この場にて手を合わせるだけで良い。取りこぼしたものも此度の国書にて廃されることになる。
それに…… 男のなりをしておるが、其方は女であろう。ここにあるものを心に留め置くのは荷が重い」

「…… 我らはスメラミコトに仕えるために存在している品部の民。このわたしは、神代の詞を奏上するための語り部を継いでゆくまでだ」

「おぬし…… 何を考えておる…… いや、だが猿女として生きる道もあったろうに何故男として生きるのだ」

「ふふふ…… 烏であっても、わたしを女と見るか。
そのような事はどうでもよい。女でも無い、男でも無いと思えばよい。
巫女にしろ猿女にしろ、それは単に神に仕える者としてある。わたしはそうではない。
語り部の才を見込まれたこのわたしが語る神こそが神となるのだ。
此度の宣明により作られる国書に記され、永遠の長きにわたり崇め奉らんとす神にな!
さあ、烏よ、隠したものを見せて貰おうか」

「何を言うか!そのようにだいそれた戯言、口を慎め!
賀茂殿に仕える我ら。秦殿を通して其方とは浅からぬ縁もある。どうあってもと言われてここへ連れて来た。いったい何をするつもりだ……
謀反を起こす気か。語るべき古詞は決まっておる。それを書き変えるは、犯してはならぬ禁忌ぞ!」

その言葉に、若者は声をあげて笑った。

「何がおかしい!」

「謀反だと!?笑わずにはいられぬわ…… 
馬鹿な物言いはやめろ!隠したものをこの手で葬ると言っているのだ!」

「なんだと!?」

「わたしは女であることも男であることも叶わぬ身。
一族の女のように猿女になることなど出来ようはずもない。我が始祖は天宇受売命だと言う。わかっておろう…… 纏った衣をはだけて露な姿で踊り、日輪の大神を洞窟より呼び起こした天宇受売命ぞ。猿女とは本来そう言った役割りだとな!」

そう言うと若者は衣の紐を解き身体を露わにした。

「……!……」

「よくわかったか。猿女を出すことで生き、稗田の氏を名乗った一族にあって、わたしは男でも女でも無い。幼き日より、ひっそりと存在を消すように生きてきた。
何故このような不具な体に生まれついたのか。
学問に没頭してはその意味を問うてきた」

「…… もうよい、そこまでにしろ」

「身体を晒すなど気が触れたと思いたくば思えばよい。
このわたしに神を定める時がやってきたのだ。
男でもない女でもない我が身は、そのために存在してきたに違いないはずだとその意を得た。
男を知る事も女を知る事もない我が身こそ、流されたヒルコ神の遣いなのやも知れぬとな!
わたし自身が生む神をもってこそ真の御阿礼なのだ。
わたしが語る神代以外に、神代などあってはならぬのだ!」

「…… !なんと!不具を負うているからヒルコ神の遣いとは!…… 心中は察するが、ここにおわす神々に、怒りが無いとでも思うておるのか!
いや、定める神代は元より決まっておる。起こさなければ良いだけだ。真の神代には、これからも眠っていただくまで…… 」

「八咫烏は導く者だと言われている。この国に、ふたつの神代があってよいと思うてか!
八咫の烏よ、いかに!」

「其方の不遇、さだめに口を挟みはせぬ。ふたつの神代が災いをもたらすか否か、それは誰にもわからぬが、災いは我らとて望むものではない。但し、其方はこの偽りに未来永劫耐えねばならぬ。葬られた神代の怨念を背負うてな。
引き返すこともできぬ。それは死しても尚、負い続けなければならぬ重圧ぞ。
わかっておろうな!」

「我が身が神を生み落とす…… 宿命は全うしてこそ昇華もしよう…… たのむ、烏……」

もはや狂気をはらんだ眼の若者と、鬼の形相の八咫烏。両者の睨み合いが続く…… が、動いたのは烏だった。

「承知仕った」



程なくして松尾山から立ち登った煙は、一羽の烏に導かれ、真っ直ぐに天に向かったと言う。


古事記(ふることふみ)編纂

スメラミコト(天武)の命により、作られたふたつの国書。そのひとつが古事記と名付けられ、太安万侶らによって編纂が行われた。数名の舎人が帝紀、旧辞を誦習したと言う。もとは語り部の任を与えられたひとりの才気縦横な若者によって誦唱される予定であったが、その若者は誦唱を前に山城国へ出かけたまま、行方知れずになったとも、いや誦唱者の選任が決定をみる前から病に伏せ、そのまま亡くなったとも言われている。


詩 零落の神

発する言葉の先にある神と
発する言葉の根元にある人間の
血の通わぬはかりごとは
広がっては消える波紋のごと

踏みつけられた零落の神よ
導く者があるならば
閉じる運命の詞の外で
業火をにらみ
我が身を焼き尽くせ
地に潜り
我がこころを連れてゆけ

生きろ
歴史の奥深くより
聞こえる声の礎として


ここまでは創作

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「通説」

国書「古事記」の編纂のために帝紀、旧辞を誦唱した舎人は語り部として歴史に名を残した。但しその本名は不明で、男だとも女だとも、実在すら怪しいとも言われている。ただ稗田阿礼とだけ残る。

以下古事記序文より。

時に舎人ありき 姓は稗田 名は阿禮 年はこれ二十八 人と為り聡明にして 耳に度れば口に誦み 耳に拂るれば心に勒しき すなはち 阿禮に勅語して帝皇日継及び先代旧辞を誦み習はしめたまひき  『古事記』序


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*日継ぎ御子
天皇位(王位)を継承する者

*日輪の大神
天照大神

*古詞
この場合は帝紀、旧辞等の歴史として語り継がれた事を指す。推古の時代には成立していたとの説が一般的。但し有力豪族により内容に違いがある部分もある。
上のフィクションで、捨てた隠したの回想の件は、敏達ー用明ー推古の時代をイメージした。

*語り部
主に部民制の時代において、宮廷の儀式の際に王権の言い伝えを奏上することを職掌とした品部。律令制になった後も再編された品部の中に残ったと言う。

*巫覡
男性の巫女のこと。

*猿女
大嘗祭等重要な儀式の際に、踊りを奉納する巫女。アメノウズメを始祖とする猿女君と呼ばれた一族からなり(正式には氏族ではないとの説もある)後に稗田を名乗った。

*御阿礼
神や貴人が誕生または降臨することを言う。

*八咫烏
神話にて、導く者とされる。
賀茂建角身命の事を八咫烏とする説があり、上賀茂神社に祀られている。
また、一部の賀茂氏が陰陽道を仕切り、八咫烏の名を持つ結社として存続した。秦氏との関係も深く、数々の兵法や特殊技能を持ったという話もある。

*松尾山
京都。古事記が完成する前、大宝元年に秦氏の氏神が祀られ松尾大社が置かれる。賀茂の厳神、松尾の猛神とも言われる。

【稗田阿礼についての私見】
阿礼とは御阿礼からくる言葉だと思う。巫女の事をこのように呼んだとの説もあるようだ。
稗田の氏は、猿女を出すことで存在感を持っていたが、舎人とは男性の役人。女性であれば采女と呼ばれるのが通常。
稗田阿礼は男性でありながら、猿女を出す氏であり、帝紀、旧辞を中心に言い伝えを誦唱し、古事記編纂に尽力したために、阿礼という俗称で呼ばれたのかも知れない。
但し、実在すればの話だ。

あとがき的な

あまりにも突然歴史の表舞台に登場した稗田阿礼。実体の不確かな人物に妄想を膨らませてみました。
ほぼ会話のみで繋ぐストーリーになってしまった🙄火曜サスペンスの崖のシーンだけを切り抜いたような←

三点リーダーを多用したくなる気持ちをよっく理解した今日この頃🙄「……!……」←これとか酷いけど便利。

あと、ちょっと裏っぽい事を調べると、大抵ぶつかる「秦氏」に笑った。スサノオ並みの出現率←


#フィクション #妄想 #note神話部

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