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「倒産寸前の会社で働いています」第五話


4月中旬 


 河野さん達との会合の後、社長はどうしようどうしようと言うばかりで、一向に話が進まない。飯田さんに、待ったなしやでと言われたにも関わらず、である。
 河野さんに、お前に金は貸されへんと断られた後、社長は自身のお父さんの所へ行き、お金の相談をそれとなくしてみたらしい。けれど、「齢80の老いぼれに、金の相談されてもな。聞かれん話やわ。」と一蹴されたと言っていた。こうなると、本当に後がない。
 そして、社長は会社の経営の話を、何故か基谷さんに聞く。
「基谷、どうしたらいいと思う。」
——いやそれ、基谷さんに聞く話じゃないやろ…。
確かに私達は、河野さんとの会合の場面にいたが、経営に携わっているわけではないのだ。基谷さんも、返答に困ってはいるが自身の思う意見をいくつか述べていく。
「もう、お金をある程度残して会社を潰すか(基谷さん、そんな方法あるのっ?)、このまま自力でやっていくのであれば、動いていないトラックを売らないと…。それと正直、今の純売上では、我々事務方の給料は出ないです。我々はお金を全く産みません。事務所を社長と奥さんでやっていくしか…。」
「そんなん無理や。」
社長は即答した。当たり前だ。自分は事務仕事を全てこちらに丸投げしているのだから、できるわけもない。そしてやる気もないだろう。
——ですよね〜。私達が何してるか、全く理解してないもんね。まぁやろうと思えば、二人でできないことはないと思うけど。
私は、横で二人の話を聞きながら、基谷さんの意見は妥当だなぁと思って聞いていた。更に基谷さんの話は続く。
「後は、M&Aとかですかね。他の会社に負債ごと買ってもらえたら、社長はまた借金がない状態で違う仕事もできますし。」
「M&Aか。この会社、6億やったら売ってもいいけどな。」
——…あははー。冗談で言ってる? それとも本気? やとしたら、どんだけアホなん…。そんな価値あるかいっ!(知らんけど)
 さすがに基谷さんも、6億の件には触れず、
「…会社潰すってなったら、次に仕事をしたくても銀行からお金借りれませんし、そういうのもありかなって思います。M&Aって、専門の会社を挟むと時間かかるらしいですけど…、俺、ちょっとアテがあるんで聞いてみましょか。とりあえず、この状況なんで色々と同時進行でしていかないと、どんどん赤字が膨らむばかりなんで…。」
基谷さんが言葉を切ると、社長ははぁ〜っとため息をついて呟く。
「人さえ来れば、なんてことないのにな。」
——また始まったわ…。
 確かに人手不足は、会社にとって深刻な問題ではある。運転手の募集を出してはいるものの、なかなか応募者は来ない。辞める人はいても入ってくる人がいないので、最近本当に苦しいのは事実だ。
 けれどこの話は、根本的に違う。そもそもトラック一台あたりの純売上は、10万円ほどしかない。今うちの会社にはトラックが20台しかなく、運転手一人に対して一台あてがっているので、全てのトラックが動いても200万円の純売上にしかならない。現状で人が来たとしても、これ以上稼ぐことはできないのだ。これでは、事務方の給料と社長と奥さんの給料だけでほぼ無くなってしまう。この状態で修理代や本当に必要な経費はどこから出すのか。現在、毎月300万円の赤字を出していて、社長は「人さえ来れば…」と言うが、その300万円の赤字を補填するのに、一体後何人雇うつもりなのか。そしてそうなったら、後何台トラックを買い足さないといけないのか…。そう、これは人が来たら済む話ではないのだ。だから、みんな口を揃えて、経費を無駄を減らせと言っているのだが、その意味が全く分かっていない様子なのだ。
 一連のことが始まってから、私が薄々思ってることだが、社長はかなりお金の計算ができないのではないだろうか。純売上という言葉が理解できていないようで、人が来たら赤字が解消されると思っている節がある。人が来れば確かに売上は上がるが、その分経費もかかる。前述したが、一台あたり10万円しか純売上はないのだが、社長の頭の中では、「二人雇えば、150万円(トラック一台あたりの売上)×2=300万円で赤字解消!」と思っているようにしか私には思えないのだ。前々から、基谷さんと売上の話をしているのを耳にしており、なんとなく話が噛み合っていない気がしていたが、こういうことかもしれない。
 基谷さんは、社長にしっかりと提案する。
「とりあえず、動いてない車、売りましょう。それと、M&Aの話は、知り合いに聞いてみますけど、いいですか?」
「分かった。売る段取りするわ。M&Aの話は聞いといて。」
——あのさ、従業員に全部支持されないと動けない社長ってどうよ…? 本来自分で決める話でしょ…。
 どんどんと私の中で、社長の株が落ちていく。やることがありすぎて、何から手をつけていいか分からない。優先順位や物事を順序立てて考えられない。自分からは何も提案できず、ただ人に意見を聞いてそれを実行するしか能がない。それは果たして、経営者と呼べるのだろうか…。今まで働いてきた職場では、社長の仕事ぶりをこんな近くで見る機会はなかったので、私はものすごく疑問に思う。けれど、もしかすると、こんな経営者は珍しくも何ともないのかもしれない。
 ただ、
——よく、ここまでやって来れたな…。
私の今の率直な気持ちはこれに尽きる。



4月下旬

 基谷さんがM&Aの話を取り付けてきた。とある会社さんに持ちかけたところ、とりあえず話を聞きたいとの返事だったらしい。色々と手広く事業をしている会社らしく、運送部門もあるそうだ。
 早々に、社長と基谷さん二人でその会社に赴いた。
 帰ってきてから、社長のいないところで基谷さんに話を聞く。
「基谷さん、そこの会社どうでした?」
「いや〜すごかったわ。向こうの社長さん、うちらと同年代やけどめっちゃしっかりしててな。経理の人もしっかりしてはったわ。社長さんがこの金額はどうなってる?って聞いたら、うちらが持って行った試算表とか決算書見て、すぐに答えてたし。大きくなっていってる会社はやっぱり違うよな。」
「あはは〜。そりゃそうやわ。」
「で、やっぱり社長への現金の貸付600万の件は聞かれてたで。『この現金、まだあるんですか?』って。」
「笑。それ社長、なんて答えたんですか。」
「無いって言うてた。笑」
「あ、正直に答えたんや。笑」
「そんでな、帰り際に『後どれぐらい、会社持つと思います?』って向こうの経理の人に聞かれてな。」
「うんうん。」
「社長『3ヶ月ぐらいは…』って言ったんやけど。経理の人な、『3ヶ月も持ちます?』って言うててな。」
「え〜、めっちゃ見透かされてる〜。プロが見てそう言われたんじゃ、このまま行ったら倒産やな。」
「でもまあ、向こうの社長さんは、『前向きに検討します。少し数字とか詳しく見るので、お時間ください。』ってことやったわ。」
「めっちゃいい人。こんな会社、買ってくれるんやろうかなぁ。」
「まぁ、どこともに人手不足やったりするから、借金あるとしても人材が欲しい場合もあるからなぁ。どうか分からんけどな。」
「まぁまぁ、しっかり調べてもらった方がいいですもんね。いつぐらいに分かるんですか?」
「多分、ゴールデンウィーク明けぐらいちゃうか〜。」
「ドキドキですねっ!」

 その後、社長はM&Aの話にノリノリになっていた。事あるごとに、
「会社、買ってもらえるのもえーな。」
「俺、役員でどれくらい残らなあかんのかな? 俺、もう次にやりたいこと決まってるんよ。あんまり長く引き止められても、困るんよなぁ。次、動かれへんやろ?」
「給料、どれくらいもらえるんやろ? 俺も、家のローンあるからそれ払えるぐらいはもらわんとな〜。生活できへんやろ。」
「トラック置いてる駐車場の土地の賃貸料、いくらぐらい貰えるやろな〜。」
などと自分勝手な妄想を私達に言っており、6億ならこの会社を売ると自分が言っていたことは、忘れているようだった。
——いやいや、向こうの社長さんは、前向きに検討すると言っただけで、まだこの会社を買い取るとは一言も言ってないんやで? 頭お花畑かよ?
 取らぬ狸の皮算用、とはこのことではないのか。
 呆れてものが言えない、私達だった。

第六話に続きます。

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