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「倒産寸前の会社で働いています」第六話

5月初頭

「斎藤さん、やばいわ。」
ゴールデンウィークの半ば、カレンダー通りに出勤した私に、待っていたかのように基谷さんが言い出した。
「どないしたんですか。」
「M&Aの話やねんけどな…。」
「あら、もう話ついたんですか?」
「いや、まだ社長には話が行ってないと思うけど。俺からしたら、連れの紹介の会社やからさ。ちょっと、裏情報が回ってきてな。」
これは、ただならぬ雰囲気だ。
「おっと…それはゆっくり聞きましょうか…。まだ、社長も来ーへんし。」
そう言って、私は席に座った。基谷さんが話し始める。
「あそこ、結構大きな会社やから、自分とこで色々と調べられるみたいやねんな。銀行に、うちの会社のリサーチかけたりとかしてて。銀行のランクってのがあるらしいねんけど、1〜10あって、うちの会社1らしいねん。」
——1。…え、1…?
「それって、最低のランクってことで合ってますよね?」
「そうそう。そやから銀行にも、そんな会社と付き合いするなって言われたみたいでな。」
「そりゃーまー…そうですよね。1億3000万の借金ですものね。」
「それだけじゃないねん。その借金の仕方が問題でな。」
「…?」
「普通な、会社で借金するって、土地買ったり建物建てたりするためやん。設備投資したりして、でも商売が上手くいかないってパターンやろ。」
「そうですね。」
「うちの会社、土地は全部社長のお父さんのものやったりするやん。」
「そうそう。賃貸料も払ってないですもんね。」
「この建物も、別に建てたわけじゃなくて、お父さんが使ってたものをそのまま使ってるやん。」
「そうですねぇ。」
「だからな、その借金してる1億3000万は、な〜んにも残ってないわけ。」
「…。え?」
「何の資産にもなってないねん。ただただ、社長の贅沢に消えたっていう話や。」
「…えぇぇぇぇ!!!!!」
「トラックも別に買ってないやん。リースやし、なんなら売っても足が出るようなメーカーのもので、土地もない建物もない、資産0。そこへ1億3000万の借金。株式も相殺して0円。もうな、会社の価値0円やって言われてるらしいわ。」
「…。うわ〜…言葉も出てこーへんわ。」
「俺もよー知らんけど、普通なM&Aでってなったら、多額の借金があったとしても、ちょっとした資産になるようなものがあったりするから買い取ってもらえるんやと思うねん。でも、ほんまにプラス要素が何にも無いらしい。」
「わー…。」
「で、多分1億3000万の借金、原因は社長の贅沢で溶かしてるっていうのもバレてるから。」
「何で尻拭いせなあかんねん、っていう感じですよね、向こうからしたら。」
「ほんまは、それでも向こうの社長さんは、考えてくれてるみたいではあるねんけど。」
「えー、めっちゃいい人…。」
「でも、買い取ったら、社長のお父さんに土地借りなあかんやん。社長のお父さん、ちょっとややこしい人っていうのは分かってるみたいでな。契約書巻いても、軌道に乗ってきたぐらいで土地返せって嫌がらせで言ってくるかもしれんからな。そういうのも、視野に入れると、M&Aしてもらえる確率はほぼ0%。」
「いやいやいや、ほぼも何も。無いでしょ! 私やったらそんな会社、買いたないわ。向こうの社長さんが優しくて買ってあげたいって言っても、側近の人たちが絶対に止めますよね。」
「やと思うわ。」
こうやって、基谷さんからの裏情報で、確実にM&Aが無いことを知った。社長がどこまで事情を知るかは分からないが、あれだけノリノリな感じだっただけに、少し不憫に思ってしまう。まぁただの取らぬ狸の皮算用に過ぎなかったのだが。
 私は、銀行のランクが1ということにも驚いたが、やはり1億3000万円が社長の贅沢で全て無くなっていたことに、本当に驚いていた。
「いやはや、基谷さん。…1億3000万を自分の遊びで溶かすって…すごくないですか? しかも、この会社できて5年ぐらいですよね? そんな短期間でどうやったらそれだけ使えるんよ…。」
「そらなー、あんな金の使い方してたらなぁ…。流石に早過ぎるとは思うけどな。」
「金の成る木は無かったですね。」
「無かったな。…まさか、銀行から借りた金を、全部使い込んでるとは思わんかったわ。どんだけ頭悪いねん…。やばいなぁ。俺も次、考えんとあかんわ。」
「そうですねぇ。価値0円の会社で働いてるって、ある意味すごいですけどね。履歴書に書いたろかな。」
「株式会社価値0円、てかいな。…いやでも、このまま行ったら、ほんま盆まで持たへんで。」
「とはいえまぁ、ドライバーは人手不足だから何とでもなるし、私たちは違うとこで働けばいいし、困るの社長のとこだけですね。」
こう言いつつ、私は少し前の出来事を思い出していた。
数ヶ月前、社長はあるきっかけでキレて私に、
「ほんまはこんな会社辞めたいんじゃ。俺は、自分と自分の家族だけが助かったらそれでいいんや。」
と怒鳴って当たり散らしたことがあった。その時の私は、
——それ、皆一緒じゃね? 今時、会社のために働いてる人おらんで?
と思っていたのだが、まさに、今その状況だ。そういうことは、上の立場の人間が従業員に言うことではないし、そんなことするから自身に降りかかってきている、と私は思う。
「まぁ、社長も次やりたいこと決まってるって言うてたし、M&Aが無理ってなったら、もうお金残して潰す方向に行くと思うわ。」
と、基谷さんが言ったことに私も同意する。
「そうですよね。次の仕事に乗り気でしたもんね。何するか知らんけど。どっちにしても、潰すってなったらまた面倒ごと多くなりそう。」
「と言っても、後2ヶ月ぐらいの話ちゃうか。それまで頑張ろうや。」
「ですね、ですね。」
そうやって、私と基谷さんは笑い合う。
 辞めたいと思っていた私にすれば、これは願ってもない好機だ。この騒動が始まってから、更にその気持ちは高まっていたのだから。
——まぁ、会社都合で辞めれるなら、願ったり叶ったり、やな。
後少し。それまでは頑張っていこうか、という気持ちになり、気持ちは前向きになった。
…社長が来るまでは。


 その日の午後。
「やっぱり、自己再建していくわ。」
と、社長から告げられる。まだ、M&Aの話の結末は知らないはずなのだが、…ということは気が変わったということだ。
——…は? はぁ!? あんだけM&Aにノリノリで、次やりたいことあるって言ってたのに? 意味分からん。ほんまにコロコロと意見変わるなぁっ! M&A無くなって、不憫やなと少しでも思った私の気持ち返せやっ。
 こんなにやる気を削がれる会社から、もうすぐ離れられると少しウキウキすらしていたというのに。私は、一気に気持ちが落ち込んだ。面倒なことになってしまった…、それ以外の気持ちは全く起きなかった。



第七話に続きます。

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