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恋愛はタイミングが全て。あったかもしれない未来を、変えてしまったのは…

ざわつく居酒屋。隣り同士の席で、お互いの方を向いて座る二人。酔いが回ってまったりとくつろいだ雰囲気。声のトーンも抑えめで、頬杖をついてダラりと喋る。

少しでも好きだったことあった?

「ねぇ、花村さんって少しでも俺のこと好きだったことあった?」

ギクっと狼狽えるのを悟られないように、いったん考えるように視線を外し、そして、ちょっとだけ覚悟を決めて、頬杖をついたまま彼を斜めに見上げる。

「好きって、どういう好きですか?」

期待しているように見えないように、まさか恋愛の話だなんて思ってもみないように、でもその全てが見抜かれていてほしいなんて思いながら、気怠げに開いた目で、口元は少し微笑んで、彼に尋ね返した。

「どういうって…恋愛の好きでしょ。」

あきれたように、余裕なように、フッと笑いながら返す彼に、「んー…」と、意識を記憶に巡らすように、また視線を外す。

彼と出会ったのは、3年前。夏が来る少し前。
新しい世界が始まって、少しだけ落ち着いて、そこから更に発展させていこう、そんなタイミングだった。

最初の印象は、苦しい思いなんてしたことなさそうな人というちょっとしたガッカリ感。だけど、一緒に過ごす時間が増えていくたびに、苦しんだことがないわけではなく、気持ちをコントロールすることが上手な人なんだとわかった。

顔は決してイケメンでは無かったけど、彼の仕事に向かう眼差しを近くで見つめる内に、その信念に、軸に、惹かれていった。

不器用な言葉で不満をぶつけてしまったこともあった。もう見捨てられると思った。だけど、誠実に向き合い続けてくれた。

たくさん助けられた。たくさん救われた。会う度にいつも見つめていた。自分の気持ちに蓋をし続けていたけど、正直言ってめちゃくちゃすきだった。んだと思う、結局。

両想いだった、けど…

途切れていた音楽が流れ始めるように、居酒屋の喧騒が再び耳に入る。

どうしよう、なんと答えよう。好きって言っちゃおうか。いや、待てよ、どんなつもりで聞いてるんだろう。迷惑だったなんて言われたらどうしよう。いや、さすがにそんな人ではないか。彼に同じ質問を返したいけど、質問ばっかりも白けるよなぁ。まぁ、多分私の気持ちバレてたよね。

数秒の沈黙ののち意を決して、頬杖をついたまま少し頭を持ち上げた。すぅっと息継ぎをする。

「ありました。好きだったこと…」

初めて口にした正直な気持ちに眉が歪みそうになるのを必死でこらえて、平然を装った。

嬉しそうな、困ったような、悲しそうな、そんな表情で目を細める彼がいる。

これ以上話が展開する前に彼の気持ちを知りたい。そう思った私は、彼の返事を待たずに再び口を開く。

「高橋さんは…?私のこと好きだったことあったんですか?」

彼の目元が少しだけ険しくなった気がした。

「あったよ…」

一瞬止まっていた息を、一気に鼻から吐き出す。
私は表情が崩れそうになるのを必死で抑えながら、涙が溢れないように、深呼吸をする。

彼には付き合ってる人がいた。私の親友。
私が日常に忙殺されている内に、知らない間に付き合って、知らない間に別れていた。

「…そうなんですね。」

嬉しい。今まで想っていた時間はムダじゃなかったんだ、って救われた気がした。好きな人が自分のことを好きでいてくれたことがあったんだ。その事実を噛み締める。

恋の駆け引き

「これから、どうしよっか?」彼が言う。

私に言わせようとする、ズルい駆け引き。
「うーん……。たぶん、今も…、好きです…。」彼の目を見れない。声を震えさせたくない。お腹に力が入る。

「そっか…。」
しばらくの沈黙。

そういえば、ここ居酒屋だったな。ふと、周りが気になってみたり。

彼はきっと今、自信に満ちている。関係を進めるも断ち切るも、主導権は自分の手の中にあると思っているだろう。

「じゃあ、付き合ってみる?」
待ち望んでいた。ずっと待ち望んでいた言葉だった。

「…嬉しいです。」

フッと彼が笑う声が聞こえた気がした。
そして、彼の指が、私の髪に触れ、頬に触れ、耳元へと伝った。

ふんわりと包み込むように触れる彼の手から熱が伝わる。彼の親指が、頬の膨らみを撫でる。

彼の顔が近づく。直視できないけど、柔らかい表情をしていることは分かった。髪と髪が触れて、おでこが軽くぶつかる。もう、ずっと熱い。

彼の顔がそこで止まる。頬を包む彼の手に、私の手を重ねる。
伏せていた視線を、もう二度とないほど近くにいる彼の目の辺りにぼんやりと合わせる。睫毛と睫毛が触れ合いそう。

「本当に、ずっと好きでした。」
なんだか勝手に涙が溢れて、片側の頬を伝った。

「うん。」
優しくて切ない表情で、柔らかい声で答えながら、彼は私の頬を伝う涙を親指で拭った。

このまま、進んでしまってもいいかも。目の前にある夢のような時間と、冷静な自分の理性とがせめぎ合う。

「だけど、いろいろ知っちゃった今、わたしはもう高橋さんと付き合うことはできないです…。」
両方の目から涙がこぼれ落ちる。人前で泣いたりしない主義なのに。溢れた涙を無かったことにするように、急いで自分の両手で涙を拭った。

想ってもらって嬉しい気持ちは本当。好きな人が自分を好きになってくれて、幸せなのは本当。

だけど、私は親友と付き合ってた人と、過去を気にせず付き合うなんてことできない。
そんなに簡単に、恋愛を始められる人間じゃない。
元カノの親友と簡単に恋愛を始めようとしちゃう人とじゃ、きっと幸せになれない。

想ってもらえて嬉しかった。けど、元カノの親友に付き合おうと持ちかける彼に失望した。今この瞬間もまだ好きだけど、私が見ていた彼はきっと現実の彼とは違う。

だから、嬉しくて、幸せで、ちょっとだけ、彼を期待させて振り回して傷つけてみたかった。

「そっか…。」

寂しそうにも見える。なんだ、釣れねぇなと思ってそうにも見える。少しだけ眉間に皺を寄せた彼は、机に片ひじをかけて、うなだれるように下を向く。

ヒロイン気分に浸らせて

「ありえた未来でしたよね…。だけどもう、世界線が変わっちゃいました…。」

本当に切なくて、彼にもっとダメージを与えたい。
ラブストーリーのヒロインみたいなシチュエーションに酔ってもいる。
さっきまでよりちょっとわざとらしく表情を作って、眉毛を下げて、柔らかい眼で、切な可愛い顔で笑う。

本当に付き合わないかは分からない。けどきっと、脈がないと分かればすぐに次の人にいっちゃうよね。だけど、このまま一途に思い続けてくれることを期待していたりもする。

「『可能性があるかも』にしちゃうとお互いきっと縛られちゃうんで、私たち2人の間に恋愛は100%起こり得ないってことにしましょ!」

100%なんてない。自分が起こす側に回りたくなるかもしれない。だけど、どうせ今すぐには起こさない。けど、そんな自制心なんて機能しなくなるくらいぐちゃぐちゃに掻き乱してほしい、なんて思ってしまったりもする。

そんな邪な妄想は噯にも出さず、極めて健全に見えるように、つとめて明るく言った。

執着していないように見せかけて、一回彼に失恋してから磨いた美しい表情を焼き付けて、逃した魚は大きかったと後悔してほしい。

彼は無言で頷きながら微笑む。
ちょっとはショック受けてくれてるかな。
それとも、このドラマみたいなシチュエーションに酔ってることに気づかれてる?

あったかも知れない未来

あったかも知れない未来。彼が他の人と付き合ったりなんかしないで私だけを見ていてくれたなら、きっとあったはずの未来。

バカだね。

こころのなかでそう呟いて、酔って重たくなった目で彼を見つめて、笑った。目頭が熱いような気がしたのは、きっとアルコールのせいだね。

誰かが言った言葉を、ふと思い出した。「恋愛はタイミングが全てだよ」

彼らは動いた。行動を起こした。

ありえた未来がなくなってしまったのは、傷つくことを恐れて、壊れることを恐れて、何もしないことを選んだ私のせいだね。


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