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18年ぶり! 圧巻の仁左衛門さん&玉三郎さんの「切られ与三」

「鳳凰祭四月大歌舞伎」の夜の部「与話情浮名横櫛(よわなさけうきなのよこぐし)」を心待ちにしていました。
 この4月から通常の「昼の部」と「夜の部」の2部制に戻りました。
 片岡仁左衛門さんと坂東玉三郎さんの黄金コンビによるこの演目の共演は18年ぶりとのこと。演歌だったか、浪曲だったか忘れましたが子どもの頃にうっすら耳にした「お富さん」という名前。どうやらこの演目のお富さんだったようです。

 男女の不思議なめぐり逢いを描いた世話物の名作。今のテレビドラマなどからすると正直、物語自体は都合がよすぎていかがなものか、ということになってしまうのでしょうが、それはそれ、歌舞伎だからこそ楽しめる面白さはナマの舞台ならではです。
 それも仁左衛門さんと玉三郎さんだからこそ成立する、お客さんが観てみたいと思うお芝居なのだとしみじみ。会場は満席でした。

仁左衛門さん、体調不良から復帰

 とても楽しみにしていた夜の部ですが、4月5日から3日間、仁左衛門さんが体調不良のため、夜の部を中止にしました。

 舞台を観に行ったのは、4月15日。事前にTwitterか何かで目にしたのは、仁左衛門さんのご子息・片岡孝太郎さんが仁左衛門さんが「本調子ではないけれど舞台に臨んでいる」といったような内容でした。
 それだけに少し心配していたのですが、舞台が始まればその心配は吹き飛びました。見る限りではお元気そうな印象を受けます。声も安定していて、会場に響き渡ります。

 最初の場面では花道とは反対側の通路に降りて花道まで歩いてきます。
こうした演出もコロナ禍が落ち着いたからこそできるものであって嬉しい限りです。
 歌舞伎座ではマスク推奨ということになっていますが、少数ながらマスクを外して観ている方がいらっしゃいました。咳さえしなければ歌舞伎座がほかの演劇の会場に比べてもかなり空間があり、静かということもありますので安全ではあるかと思います。

 通称「切られ与三」で知られるこの舞台。見どころは、木更津の海で死んだと思っていたお富(玉三郎)と江戸で再会した与三郎(仁左衛門)の「しがねぇ恋の情けが仇」から始まる七五調の名ゼリフです。その場面において、大向こうでも「待ってました!」と掛け声がかかっていました。

 残念だったのは、和泉屋多左衛門を演じる市川左團次さんが休演されていたことです。
 翌日16日のニュースで肺がんでお亡くなりになったことを知りました。享年82歳。
 昨年11月に行われた市川團十郎さんの襲名披露公演の口上では團十郎さんを苦笑いさせるような、発破をかける言葉を述べていた左團次さん。
 こうした存在感のあるベテランの方がいなくなることで團十郎さんはますますお偉方の言葉に耳を貸さなくなるのではないかと勝手に危惧してしまうのでした。


歌舞伎座の会場が新しくなって10年。それを記念して製作された4月の緞帳は、東山魁夷の作品

品のある色気。仁左衛門さんに匹敵する役者はなかなか難しい

 3月に誕生日を迎え、79歳となられた仁左衛門さん。
 舞台では年齢をまったく感じさせません。
 最初に花道から登場したときは、世間を知らない若旦那そのもの。色男ぶりは健在で、江戸から木更津にやってきたことで人妻であるお富と恋に落ちるのです。
 その二人が出会う場面での仁左衛門さんと玉三郎さんの動きや視線……静かな会場ながら観ている人たちは一緒に恋に落ちた気分になったでしょう。

 そんな二人の逢瀬は長くは続きません。
 お富の夫にバレてしまうのです。与三郎は身体中を斬りつけられて傷だらけになります。誰もが足を留めてしまう美しい顔には傷跡が残ってしまいます。与三郎が死んだと思ったお富は崖から身を投げ、行方知れずとなります。

 そのお富ですが、和泉屋多左衛門に救われます。
 左團次さんの代役を務めた河原崎権十郎さんの多左衛門もとても存在感のある、素晴らしい演技でした。
 一方、命を取り留めた与三郎は「切られ与三」の異名をとるならず者として過ごす日々。
 そんな与三郎が死んでしまったと思っていたお富と3年ぶりに再会する見せ場。強請りに訪れた家に暮らしているのがお富と知ったときの驚き。かつて心底惚れたお富との思わぬ再会に戸惑い、生きていたという安堵、だが今は別の男に囲われているということへの複雑な思い……。舞台上の仁左衛門さんの表情の変化に引きつけられます。
  
 そして、誤解が解けたとき。大団円の場面では、カタギではない暮らしをしている与三郎ながら、若旦那の面影を残しており、色気あふれる玉三郎さんのお富と手を取り合う姿は見事な一枚の絵のように収まります。

 こうした色気と気品のある姿を演じる役者は仁左衛門さんのようなレベルで演じられる人はなかなかいないのではないでしょうか。
 期待ができるのは、片岡愛之助さん。
 先月、歌舞伎座の第3部で観た「吉田屋廓文章」は玉三郎さんと片岡愛之助さんのコンビでした。愛之助さんが親に勘当された若旦那役です。
 愛之助さんの演技は見ごたえがあります。
 愛之助さんのボンボンぶりもうまかったです。ただ、欲を言えば、以前観た仁左衛門さんと雀右衛門さんによる同じ舞台と比較してしまうと、キャリアの違いを感じさせられます。決して愛之助さんが下手ではなく、仁左衛門さんのような稀有の存在になるにはこれからが重要だと思います。
 愛嬌のある愛之助さんですから、あとは仁左衛門さんのような色気を醸し出すことでしょうか。 

大阪・松竹座では雀右衛門さんとのコンビで

 仁左衛門さんと雀右衛門さんのコンビといえば、2016年の「七月大歌舞伎」に「与話情浮名横櫛」で出演しておりました。
 五代目中村雀右衛門襲名披露公演で、先代雀右衛門さんのお富で二度共演している仁左衛門さん。五代目との共演は二回り違っていてもまったく歳の差を感じさせませんでした。

 2016年、大阪・松竹座で上演された「与話情浮名横櫛」

「木更津海岸見染の場」と「源氏店の場」では、煙管の持ち方一つでも変わります。
 莨(たばこ)も見染では二口くらい吸ってすぐに捨てるボンボンの余裕さが表現されています。一方、「源氏店」では、莨は貴重品なのでギリギリまで吸う姿を見せ、与三郎の運命が大きく変わったことを見せています。

 2023年4月。仁左衛門さんと玉三郎さんの共演を残りどれほど観ることができるかわからない今、貴重な公演だと思います。

尾上松緑親子の大曲「連獅子」はお見事!

 夜の部のもう一つの演目「連獅子」は、2021年11月に仁左衛門さんが孫の片岡千之助さんと共演したものを観ました。
 このときの舞台は正直言って「仁左衛門さん、頑張りすぎないで!」と心の中で叫んでいたほどです。毛振りを披露している辺りからはハラハラが止まりませんでした。おそらく観客全員が同じ気持ちだったのではないでしょうか。
 なぜなら終演後、会場内で至るところで安堵の声が聞こえてきたからです。こんな舞台はそうそうないかと思います。とてもいい舞台ではありましたが、やや心臓に悪かったです。

 それだけに今回の「連獅子」は安心して観ることができるなあと思っていたのですが、想像以上に尾上松緑さん、尾上左近さんお二人の踊りや毛振りが素晴らしかったです。
 とくに毛振りでは「これでもか!」というほど通常よりも長く行われた気がいたします。会場内の拍手も次第に大きくなり、どよめきが起こっておりました。
 しかも終えたときにお二人とも息一つ切れていないのに驚きました。

この4月の夜の部は見ごたえのある素晴らしい舞台であることは間違いありません。


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