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夜遊びの天才

21時半の待ち合わせ。ハザードランプをつけた、白い車の助手席に乗る。

君と会うのは初めてなのに、初めてのような感じが全くしない程、落ち着いていられるのは、なぜだろう。
車のシートに敷かれているクッションも、助手席のサンバイザーにぶら下がっているティッシュも、男の子特有の香水も、慣れないものに囲まれているのに、夜なのに。
ただ、会うのは初めてだから、とりあえず、何歳?とか、どんなお仕事をしてるの?とか、ありきたりな会話を交わす。
そんな、初対面あるあるな会話の合間に、これからどこ行く?と聞かれた。
私は、ここは右折、ここは左折、と適当に指示を出す。

そういえば、この辺り、展望台あるよね。
いいねー、行きたい。令和入ってから、行ってないな。

とりあえず、行き先が決まった。
暗闇を車は進む。急な坂、街灯なんて見当たらない。
不思議と、怖くない。

到着するや否や、セブンティーンアイスの自販機に駆け寄る。しばらくお目にかかることのなかった、プリン味を見つけた。
待ち合わせを30分遅刻したお詫びに、アイスを奢ることにした私と、展望台に登ったところを突き飛ばすふりをしたやんちゃな君は、確実に『2人』というカテゴリーだった。
バイクツーリングの休憩中の人や、夜景を楽しむカップル。平日であるにも関わらず、多くの人で賑わっていた。
しかし、私たちは、2人きりで、夜景を眺めた。
東京とか大阪とか横浜とか、そんな大都会には確実に劣る、小さい街である。しかし、ずーっと向こうまで、光が敷き詰められ、街が息をしていた。鈍い光も、集まれば、ひとつの絵のように、美しかった。あの辺はなんてところだろう、駅はどの辺だろう、と会話しながら、アイスをかじる。プリン味は甘ったるいが、高校生の頃好んでいた思い出の味であり、今もまた、新たな思い出が刻まれていく。

夜景を堪能し、さらに街の中心部へと車を走らせる。通りかかった、老舗のボウリング場が営業時間を過ぎており、じゃあ別のボウリング場に行こう、という君の提案に私は行きたい、と即答するくらい、今を楽しんでいた。明日は仕事なのに、もうそんなに若くないのに。

結局、ボウリングではなく、スポッチャで2時間ほど遊び、そこそこに空腹になった私たちは、飲食店探しを始めた。
このど田舎で営業している店など少なく、コンビニでいいよ、という私の意見は君によりあっけなく却下された。君は食へのこだわりが強い。音楽も、服の趣味も、合うわけではない私たちの共通点が見つかった。食への熱意は、24時間営業の庶民の味方、すき家へと注がれることになった。
深夜2時に、3種のチーズ牛丼を食べるなんて、人生において初めてだし、そもそも、今日経験したことは、何もかも初めてだった。スポッチャでのバッティング、ビリヤード。深夜のドライブ。
去年、姉と2人で銭湯に行き、コンビニでアイスを買い、12時頃帰宅した夜を思い出す。普段しない遊びで、新鮮だった。あんな夜を、また過ごしたいと思っていた。
それが、叶ってしまった。そして、とにかく、楽しかったのだ。
君は、他の人とも、こんなドライブをするのだろうか。
だとしたら君は、夜遊びの天才だ。

ここで解散すれば、この世でいちばん健全な夜遊びとなるのだが、自然な流れで、君の家に行くことになった。お酒買う?と、君。
買わないよ、飲んだら、眠くなっちゃうから。と、私。
お酒の代わりに、ファミマでモンスターを買い、助手席に乗る。

このあとのことなんて、考えていなかった。
ただ、次の日は仕事だから、ここで中途半端に寝てしまっては確実に寝坊する、モンスター、貴方の力をください、とお祈りはしっかりしていた。
車は、君の家へと向かう。

夜は続いた。
君と私は、あの夜、車に乗った瞬間から、2人だった。

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