いつかはマダムになる
仙台でおすすめの飲食店を聞かれたら、迷わず『彦いち』と答える。
彦いちは、老舗の甘味処で、広瀬通一番町商店街を脇に入ったところにひっそりと佇んでいる。
今日は、特別な用事で仙台を訪れた。夜まで空いているので、近くを散策する。そこで思いついたのが、彦いちの存在だ。
彦いちは、何度も訪れている。当時付き合っていた彼と、光のページェントを見に行った時。友人とMy Hair is Badのライブに参戦した時。私はここで、クリームあんみつを頼んだ。りんご、バナナ、缶詰めみかんなどのフルーツがこんもり盛られ、バニラアイスが添えられている。黒蜜をかけながら食べ進める、このデザートが私にとって特別である。具材全てがつやつやと店内の照明に照らされた姿は、今や映画界にはなくてはならないベテラン俳優って感じ。パフェほど重くない。でしゃばらす、ここぞと言うときに見せ場をつくる。いい役者になったなあの人、みたいな、そんな存在。今日はひとりで、名俳優、クリームあんみつを楽しむことにする。
彦いちに足を運んだのは、クリームあんみつを食べたいから、だけではない。
今の私は、頭の容量がパンパンである。
特別な用事、とは、推しのライブのことなのだが、先ほどまで、電子チケットを発行できず、朝から手こずっていた。問い合わせの連絡先はどこだ、そもそもちゃんと入金しているか、そもそも今日開演で間違いないか、、、過去のメールを確認し、Yahoo知恵袋の画面と睨めっこし、ようやく電子チケットを手に入れたものの、iPhoneの容量がパンパンで、動きが鈍くなったときと同じように、今の私は、クールダウンが必要だった。
そのため、少しでも、落ち着いた環境に身を置きたかった。自然と、気持ちが安らぐ場所。そこで思いついたのが、彦いちなのだ。
彦いちは、人気店のため、席に案内されるまで、多少時間がかかる。白髪で長髪の、年配の男性がアテンドをしており、『待ちますけどいいですか』の問いに、待ちます、と即答する。お店の向かいに待合所があり、涼しい風に当たりながら、ししおどしの音を聴いていると、だんだん、穏やかな気分になっていく。忘れてはいけないな、と思う。いつだって、本当は、穏やかでいたいのだ。
待つこと10分ほど、店内に案内される。
お琴の演奏が流れる空間は、仙台の中心部の賑やかな雰囲気とはギャップを感じる。
席に着いて早々、クリームあんみつを注文する。好きな餡を選べるのだが、今回はずんだ餡にした。ここ最近、ずんだの美味しさを再確認し、たまにコンビニでずんだ餅を買うほどである。
向こうテーブルに、60代のマダム2人組が座っている。首にスカーフを巻いた女性が「いっぱい食べるのにいちばんウエストきついスカート履いてきちゃった」と笑っている。歳をとっても、飾らず、気軽に、美味しいものを向かい合って食べることができる友人関係に憧れる。過去に、喧嘩したり、片方が結婚や出産で忙しくなり、一時的に疎遠になったりしたのだろうか。ずっとってそんなにありふれていないけど、彼女たちの友情はずっとなのかな、それって、かっこいいな、と一人で考えてしまう。
店内には、年配の女性が圧倒的に多く、仙台弁で溢れている。仙台弁は、盛岡の「ズーズー弁」とは一味違く、そこまで方言がキツくない。仙台に住む祖母が話す方言が体に馴染んでおり、仙台の訛りは耳に心地いい。
仙台弁の会話に耳をすましたり、向こうの席のマダムのスカーフの柄を怪しまれない程度に眺めたりしている間に、クリームあんみつが、目の前に運ばれてきた。
さすがベテラン俳優。昔から変わらぬビジュアルの良さ。和紙のペンダントライトに照らされ、モスグリーンのテーブルが、より引き立ててくれている。
ゆっくり、お茶を飲みながら、クリームあんみつを食していく。なめらかなバニラアイスとずんだ餡の相性は抜群だし、口の中に飛び込む甘さは、しつこくない。昔から馴染みのある場所で食べる、昔から変わらない、昔からずっと優しくしてくれる甘さ。推しのライブのチケットはあるし、あとはライブの時間まで、仙台の街を楽しむのみ。その前に、沸騰しそうな脳内を、少しでも、冷ましたい。落ち着きたい。落ち着かせてくれ。
仙台に訪れたのは約1年前。夏に、家族と観光したぶりになる。仙台って、いつ来てもアップデートされているからびっくりする。駅にも、アーケードにも、若者まみれ。あのちゃんのように、細くて、ミニ丈を履きこなした若い女の子が多いこと。等間隔にスタバがあって、ベローチェがあって、どこを切り取っても、いきいきしている。
しかし、こんな風に、変わらない場所があることは、たまに仙台に足を運ぶ者からしたら、ちょっと嬉しいのだ。迷ったらあそこに行けば大丈夫、という信頼がある。あそこに行けば美味しいものがあって、落ち着くことができる、という安心。私は、歳をとった。今、それを噛み締めている。27歳という歳が、若いかどうかわからない。しかし、歳をとったのだ。私より元気で、エネルギーに満ち溢れた若者が、増えたってことは、彼がが成長した証だ。彼らが成長すれば、当たり前に、私も歳をとる。
また、ここに来て、クリームあんみつを食べよう、と思った。ビームス、古着屋さん、フォーラス、パルコ、、、と忍者のようにお買い物スポットを飛び回る体力がない私は、彦いちでのんびり過ごす方が性に合っている。この変化を、悲しいことと捉えず、「そんなもんでしょ」と開き直りたい。
とは言っても、あのマダムたちのように、変わらない友情にも憧れる。友達と「さっき牛タン食べたばっかりだけど、あんみつは別腹だよねえ」「ねえねえ、今日のライブこれ歌ってくれないかなあ」とかはしゃいでいたい。はしゃがせてくれ。