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アナログで行こう

アナログで行こう #1

私が外に出られなくなったとき、私を助けてくれた看護師さんがいる。

ほっそりして、凛とした顔立ち。やんちゃでハツラツとして、笑うと周りが明るく照らされるような陽だまりのような看護師さん。

当時、彼女は今の私より少し上くらいの中堅看護師さんで、私はまだ学生だった。旅先の中央アジアでたいそう重い腸炎になり緊急帰国、そのまま日本の病院に入院し、退院後は体力が落ち、固形物を食べればすぐさまトイレのお世話になっていた。

阿呆だったので、退院後はやれカルボナーラは卵が入っていて体に良さそう!だの、マックのチキンナゲットが食べたい!だの、腸を泣かす料理を食べては下してを繰り返し、一向に健康にならなかった。
ふらふらと遊びにでかけた先で体調を崩し、救急車に乗せられて病院に搬送されてしまい、それがとっても嫌な記憶として頭に刻まれてしまっていた。

腹を壊すのが怖くて外に出ることもできなくなり、学校にもアルバイトにも行けなくなった。狭いカーテンに囲まれて軟禁される入院生活はもうまっぴらと思って、近所のクリニックに駆け込んだ。
クリニックでどんな治療をしたかは覚えていないけれど、診察後、待合室で体を強張らせて座っていた私に声をかけてくれた看護師さんがいる。

「大丈夫よ。必ず、お外に出られるようになるから」

でも、外に出て倒れたら、また病院に運ばれる。
入院させられる。外に出るのは、怖いよ。

「だーいじょうぶよ!倒れたって、いいんだから。
私が、必ず、助けにいくから。
だから、怖くないよ。お外出てごらん」

看護師さんは、私の前に屈んで、まっすぐ私の目を見て言ってくれた。

倒れても、いいんだ。
私のことを、助けてくれる人がいるんだ。

それまで堰き止めていたものが溢れてくるように、ぼたぼたと涙をこぼして泣いた。

看護師を「白衣の天使」と称したのは誰だろう。
不安でいっぱいだった胸の内がすーっと洗われていった。

その後、無事に腸炎から全快し、以来、大きな病気もせず、クリニックを訪れることはなかった。

7、8年後、しんどいことがあってふらっとそのクリニックを訪れると、その看護師さんがいた。
もうとっくにいなくなっていると思っていたし、会えるとも思っていなかったから、看護師さんが私の顔をみつけて「あら、ひさしぶりじゃなーい!」と声をかけてくれた時には、感動と安堵とでぐしゃぐしゃと泣いた。

ちょっと、待って。看護師さんにまた会えると思ってなかった・・・!

それから、年に数回そのクリニックを訪れるようになった。行くたびに看護師さんに「来たよー!」と声をかけて、近況報告をした。

「最近、来ないから、心配してたのよ」

あはは、病院に来ないんだから、元気だよ!

「それも、そうだね」

軽い症状の診察も健康診断も、どこで受けても一緒だったけれど、私に元気をくれる看護師さんは、彼女ただ一人だった。

アナログで行こう #2

「コロナが落ち着いたら、コーヒー飲みに行こうよ」
クリニックに行った時にしか会えない看護師さんに、ふいに誘われた。
社交辞令でも嬉しくて嬉しくて。
うん、絶対そうしよう!と返事をした。

待てども待てどもコロナは落ち着かず、待っているうちにクリニックが閉院することになった。
10代の頃から通っていたから、なくなるなんて想像もしなかった。人づてに閉院の知らせを聞いて、すぐさまクリニックに駆けつけた。受付時間終了間際、新規の外来患者さんがいなくなったクリニックはがらんとしていて、看護師さんが手持ち無沙汰に壁に寄りかかっていた。

「あら、来てくれたんだ!」

会いに来たよー!

しばらくぶりだったから、お互いにつらつらと近況報告をして、看護師さんの次の就職先がどんなところか聞いたり、どんな巡り合わせでそこを選んだのかとか、色々と教えてもらった。

印象的だったのが、就職先の採用面接で「看護師として心掛けていたことはなんですか?」という質問に対して、看護師さんが答えたこと。

「必ず、1回は笑う。患者さん一人一人に。ニコって笑いかけてあげるだけでもいいし、お話して笑ったりね。患者さんひとりひとりに、笑って接することを心掛けていました」

白衣の天使は、本当に天使みたいなことを言った。
その笑顔で、私がどれだけ安堵して助けられたか、思い出したら鼻がツンとして目が潤んだ。

受付スタッフも、お医者さんも仕事を終えて、クリニックには看護師さんと私だけが残っていた。照明を落として暗がりになった診察室で、これからどんなことに挑戦したいか教えあった。
そして、約束した。

がんばって結果出せたら、二人で、おいしいコーヒーを飲みに行こうね!

「うん、約束だね!連絡先、教えてよ。あ、でもメールとかじゃなくて、そうね・・・住所!住所教えてよ。手紙にしよう。
うん、あたしたちは、アナログでいこう!」

手紙!書く。絶対書く!
これ、私の住所。

約束だよ!

診察室に置いてあった検査用の裏紙に、住所を書いて渡した。
メールアドレスは教えない。SNSも教えない。
最後に、チェキで写真を2枚撮って分け合った。

表の入り口はもう閉まっていたので、裏口に案内されて、そこで「お互いがんばろうね!またね!」と手を振り合って別れた。

数日後、東京で桜が咲いた日、郵便受けに1通の手紙が届いた。

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