見出し画像

【アーカイブス#68】ミルク・カートン・キッズその2 *2015年4月

 前回はジョエルとイーサンのコーエン兄弟が脚本を書いて監督した2013年のアメリカ映画『インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌』のこと、そしてその全米公開に合わせて2013年9月29日にニューヨークのタウン・ホールで行われた「『インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌』の音楽をほめたたえるコンサート『Another Day ANOTHER TIME:』」のこと、そしてそのコンサートの2枚組ライブ・アルバムとドキュメンタリー映画のDVD(どちらもタイトルは『Another Day ANOTHER TIME: Celebrating The Music Of “Inside Llewyn Davis”』)のことについて書いた。
 いずれも全体についてざっと通して書いたので、映画やコンサートに参加している個々のミュージシャンたちについて詳しく触れることはできなかった。関わっているミュージシャンたちが一人残らずほんとうに素晴らしいことは言うまでもないのだが、その中でも改めてぼくの心を強く強く揺さぶったのがザ・ミルク・カートン・キッズだった。

 ケネス・パッテンゲール(Kenneth Pattengale)とジョーイ・ライアン(Joey Ryan)という二人のシンガー・ソングライター・ギタリストから成るザ・ミルク・カートン・キッズ(The Milk Carton Kids)については、今からちょうど二年前にこの連載で詳しく書かせてもらった。もしまだ読んでいない方がいらっしゃるとしたら、まずはぜひともMIDI MUSIC CLUBのマガジンの連載「グランド・ティーチャーズ」の2013年5月の記事「懐かしくも新しいザ・ミルク・カートン・キッズの音楽」を読んでほしい。二人の出会い、ザ・ミルク・カートン・キッズの結成から、2013年3月に発売された彼らの三枚目のアルバム『The Ash & Clay』までのことをいろいろと書いた。

 それから二年が過ぎ、彼らの四枚目のアルバム『Monterey』もすでに完成しているが、発売予定日は5月19日で、あと三週間ほど待たなければならない。できればその新作を聞いてから新たにザ・ミルク・カートン・キッズの原稿を書きたいのだが、その一方で「『インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌』の音楽をほめたたえるコンサート『Another Day ANOTHER TIME:』」のCDやDVDで体験した彼らの音楽の感動が冷めやらないうちに書いてしまいたいという思いも強くある。
 それに最近手に入れて繰り返し見ているザ・ミルク・カートン・キッズが2013年10月29日にオハイオ州コロンバスのリンカーン・シアターで行ったコンサートのDVD『The Milk Carton Kids Live From Lincoln Theatre』も強烈すぎて、今は微妙なタイミングながら、やはり今回はまたザ・ミルク・カートン・キッズのことを書いてしまうことにしよう(そのDVDはリージョン・フリーなのでどのDVDプレイヤーでも見ることができる。また『The Ash & Clay』のCDにこのコンサートDVDが付いた二枚組のデラックス・エディションも発売されている)。
 もうすぐ届く新作『Monterey』を聞くと、またザ・ミルク・カートン・キッズについて書きたくなることは必至だろうが、それはまた改めて時期を見て書かせてもらうことにしよう。くれぐれもこの「グランド・ティーチャーズ」が「ザ・ミルク・カートン・キッズ通信」になってしまわないよう気をつけなければ…。

 ぼくがザ・ミルク・カートン・キッズの存在を知ったのは、2012年のことだったろうか、鎌倉のCafe Goateeの松本ケイジさんに「すごい二人組がいるんだけど」と教えられたからだった。Cafe Goateeは鎌倉の小町通りを少し入ったところにあり、とても居心地が良くて、コーヒーやカレーがおいしいだけでなく、店内には素敵な音楽がいつも流れている。もちろんその音楽は松本さんの選曲で、彼はニール・カサールやマット・ジ・エレクトリシャン、ジム・ビアンコやトム・フロインド、ティム・イーストンやスクラッピー・ジャッド・ニューカムなどなど、日本では広く知られていないとしても、ほんとうに素晴らしい音楽を聞かせるアメリカのミュージシャンたちを日本に呼んで、各地でライブを行う良心のプロモーターとしてもよく知られている。
 要するにほんとうにいい音楽とは何かを確かめる時、絶大な信頼を寄せられる人で、その彼が「すごい二人組がいる」と、ぼくにザ・ミルク・カートン・キッズを紹介してくれたのだ。

 ぼくはCafe Goateeで売られていたザ・ミルク・カートン・キッズの二枚のアルバム、いずれも2011年に自主制作盤のかたちでミルク・カートン・レコードから発売された『Retrospect』と『Prologue』をすぐに買い求め、完全に彼らの音楽の虜となってしまった。
 ぼくにザ・ミルク・カートン・キッズを教えてくれた時、松本さんは「できれば日本に呼びたいんだけどね」と言っていて、彼らのアルバムに耳を傾けながら、ぼくはその実現を心待ちにしていた。ところが彼らは本国アメリカであれよあれよと言う間に人気が出てしまい、アルバムもパンク・レーベルとして有名なエピタフの傘下のANTIからリリースされるようになり、松本さんが日本に呼んで小さな規模でツアーを行うのは、なかなか難しいことになってしまった。人気が出てたくさんの人たちにその音楽を聞かれるということはザ・ミルク・カートン・キッズにとって素晴らしいことだが、その反面、残念なことに彼らは日本には簡単に呼べない大きな存在になってしまったのだ。

 そんなわけでザ・ミルク・カートン・キッズの日本ツアーはまだ実現していないし、彼らのアルバムがきちんと解説や対訳などが付けられて日本で発売されることすらまだ実現していないのだが(5月19日にリリースされる四枚目のアルバム『Monterley』は初の日本発売が期待できるのか!?)、そんな中ぼくは宝物を手にいれた。
 前述したオハイオ州コロンバスのリンカーン・シアターで2013年10月29日に行われたザ・ミルク・カートン・キッズのコンサートのDVD『The Milk Carton Kids Live From Lincoln Theatre』で、「『インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌』の音楽をほめたたえるコンサート『Another Day ANOTHER TIME:』」のDVDで見ることができる彼らもすごいのだが、そちらはたった2曲だけ、このコンサート・ビデオではたっぷり14曲、二人の演奏を楽しむことができる。

 DVDは、コンサートの日がハロウィーンの直前だったこともあって、ハロウィーンに関するケネスとジョーイの短い会話が最初に収められ、その後コンサートの様子が、恐らくは演奏曲も曲順もそのままに、三台の固定カメラで撮影されている。
 コンサートではその年の3月に発売された最新アルバム『The Ash & Clay』の全14曲、「Hope of A Lifetime」、「The Ash & Clay」、「Honey,Honey」、「Years Gone By」、「Charlie」、「Maybe It’s Time」、「Girls, Gather Round」、「Michigan」、「Snake Eyes」、「Heaven」、「Stealing Romance」、「I Still Want A Little More」、「New York」、「Memphis」が、アルバムとまったく同じ曲順で演奏されて行く。ちなみに『The Ash & Clay』は、商業的なレコード・レーベルからリリースされた彼らの最初のアルバムなので、「Charlie」など3曲は『Retrospect』、「Michigan」など3曲は『Prologue』と、すでに自主制作盤の中で発表されていたものだ。

 CDアルバムを聞いていても、サ・ミルク・カートン・キッズの魅力は存分に伝わってくるのだが、それに映像が加わると、その迫力、臨場感はとんでもないものになる。もしも生で見ることができたら、ぼくは感動でぶるぶる震え、卒倒してしまうかもしれない。
 ケネス・パッテンゲールとジョーイ・ライアンのそれぞれに味わい深いヴォーカルと完璧であまりにも美しすぎるハーモニー、1954年製のマーティンO-15をフラットピックですごい速さ、すごい音数で、しかしひとつひとつの音に魂を込めて弾きまくるケネスのギターとそれを1951年製のギブソンJ-45でしっかり支えるジョーイのギター。
 二人ともピックアップを使うことはなく、二人のヴォーカルとギターは、オレゴン州ポートランドのイアー・トランペット・ラボで手造りされたマイクでそのままの音がナチュラルに拾われている。
 映像だからよくわかることだが、ケネスもジョーイもギターを弾く時はカポタストを多用し、どういうわけかケネスはギターのネックの2、3フレット目のあたりにハンカチを巻いている。ステージの後ろに置かれた丸椅子の上にはいったい何が入っているのか、ワニ皮のような小さなカバンが置かれている。
 それにライブ・ビデオということで、コンサートではジョーイがポーカー・フェースでとぼけた味を出し、何ともおかしい、聴衆を思いきり笑わせるMCを得意としていることにも気づかされる。映像を見ると、二人ともステージ衣装はジャケットとネクタイ姿で、それぞれ自分のファッション・ポリシーをしっかり貫いていることもよくわかる。

 本国アメリカやヨーロッパなどでの大活躍振りから、早晩日本でもザ・ミルク・カートン・キッズのアルバムが発売されたり、ライブで日本にもやって来るはずと、大いに期待したいところだが、日本は政治だけでなく音楽状況も変なことになってきている気配が濃厚なので(もちろんすべてつながりがある)、なかなか楽観は許さないだろう。でもとんでもなく大きな動きがすぐになくてもいい。とにかくぼくはほんとうに微力ながら、こんなにも素晴らしい音楽を届けてくれる若い世代の二人組がいますよと、ザ・ミルク・カートン・キッズの存在を一人でも多くの人たちに伝え続けていきたい。

中川五郎(なかがわ・ごろう)
1949年、大阪生まれ。60年代半ばからアメリカのフォーク・ソングの影響を受けて、曲を作ったり歌ったりし始め、68年に「受験生のブルース」や「主婦のブルース」を発表。
70年代に入ってからは音楽に関する文章や歌詞の対訳などが活動も始める。90年代に入ってからは小説の執筆やチャールズ・ブコウスキーの小説などさまざまな翻訳も行っている。
最新アルバムは2017年の『どうぞ裸になって下さい』(コスモス・レコード)。著書にエッセイ集『七十年目の風に吹かれ』(平凡社)、小説『渋谷公園通り』、『ロメオ塾』、訳書にブコウスキーの小説『詩人と女たち』、『くそったれ!少年時代』、ハニフ・クレイシの小説『ぼくは静かに揺れ動く』、『ボブ・ディラン全詩集』などがある。
1990年代の半ば頃から、活動の中心を歌うことに戻し、新しい曲を作りつつ、日本各地でライブを行なっている。

中川五郎HP
https://goronakagawa.com/index.html

midizineは限られたリソースの中で、記事の制作を続けています。よろしければサポートいただけると幸いです。