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【アーカイブス#65】サム・リーとサム・アミドン *2015年1月

 もう二か月近く前のことになってしまうが、2014年12月にイギリスのミュージシャン、サム・リーが二度目の来日を果たし、東京や京都、焼津や埼玉で全部で6回のコンサートに出演した。その中でぼくは12月10日の渋谷クラブクアトロ公演、翌11日の渋谷マウントレーニアホール渋谷プレジャープレジャー公演と、ふたつのコンサートに足を運んだのだが、それぞれ異なる内容で、そのどちらもほんとうに素晴らしかった。
 10日のクラブクアトロ公演は、イギリスのサム・リー&フレンズ、アイルランドのリアム・オ・メンリィ、アイヌのOKI、沖縄の上間綾乃という組み合わせで、最初に登場したサム・リーはバイオリンのフローラ・カーゾン、トランペットとピアノのスティーヴ・チャドウィック、チェロのフランチェスカ・ターバーグ、箏(こと)とウクレレとピアノのジョナ・ブロディ、パーカッションのジョシュ・グリーンの5人の「フレンズ」と一緒に、2012年のデビュー・アルバム『グラウンド・オブ・イッツ・オウン』と完成したばかりのセカンド・アルバム『ザ・フェイド・イン・タイム』からの曲を45分ほど歌った。
 11日のプレジャープレジャー公演は「和洋溶和〜イングランド伝承歌と和楽器の出会い」と名付けられ、サム・リー&フレンズと二人の雅楽の演奏家、笙の東野珠実、篳篥(ひちりき)の稲葉明徳の出演で、音楽・文芸批評家の小沼純一早稲田大学教授がトーク・ナビゲーターを務めた。
 一部がジョナ・ブロディの箏をフィーチャーしたサム・リー&フレンズだけでの演奏、二部はサム・リー&フレンズと二人の雅楽の演奏家との共演で、こちらはサム・リーの歌がたっぷり二時間近く楽しめるコンサートだった。

 1980年イギリス生まれのサム・リーは、大学では美術を学び、卒業後はダンサーや喜劇役者、音楽プロモーターなどをしていたが、25歳の頃に1950年代から60年代に録音されたイギリスの伝統音楽を聞いてすっかり魅了された。まさに恋に落ちる感じで、サムは「歌っているのがどんな人たちなのか、なぜ彼らが歌っているのか、理解しなければならない」という思いに襲われた。
 サム・リーが聞いたのは、トラヴェラーズと呼ばれるイングランドやスコットランドの漂白の民たちが歌い継いでいるブリテン諸島の伝承曲で、彼はそれらの音楽を「理解」するためにトラヴェラーズのコミュニティに入って教えを請い、7年もの歳月をかけて150曲以上の伝承曲を習得した。特にスコットランドのトラヴェラーズの歌い手のスタンリー・ロバートソンやイングリッシュ・ジプシーの歌い手、フリーダ・ブラックからは多大な影響を受けた。
 サムはトラヴェラーズと生活を共にする中で収集した何百という伝承曲やさまざまな映像をもとにして、世界で唯一トラヴェラーズの歌が聞けるウェブサイト、Song Collectors Collectiveも作っている。

 サムが学んだトラヴェラーズの伝承曲は、その歌い方こそ忠実なようだが、アレンジや演奏スタイルは伝統や正調といったことに捕らわれることなく、自由で柔軟で独創的で、その証拠に「フレンズ」の楽器編成も日本の箏、インドのシュルティ・ボックス、ユダヤの口琴、フィンランドのカンテレ、バイオリンやチェロ、トランペットやウクレレなど、世界各地の、時代的にも広範囲にわたる楽器が登場している。
 12月の二度目の来日公演、とりわけ11日のプレジャープレジャー公演での箏のフィーチャー、笙や篳篥とのコラボレーションなどは、まさにサム・リーたちがそうした独自のやり方で伝統音楽と取り組んでいるからこそできることであり、しかもそれは決して異色の試みという意外さだけで終わるのではなく、内容的にも斬新で充実した見事なものになっていて、昔の曲を昔の楽器で歌い演奏しているのに、実にコンテンポラリー、それどころか何やら未来を先取りしているような印象すら受ける。

 広い意味で言えば、サム・リー&フレンズの音楽もフォークやトラディショナルの範疇に入るのだろうが、ギターをはじめとするフォークやトラディショナルには欠かせない楽器を敢えて用いないところも、フォークやトラディショナルに根ざしながらも、フォークやトラディショナルから離れ、フォークやトラディショナルを超えていく新しくて独自な音楽を作り上げる上での大きなポイントになっているようにぼくには思える。

 サム・リーと同じよう、フォークやトラディショナルに強く根ざしながらも、フォークやトラディショナルからのびやかに遠ざかり、フォークやトラディショナルをしなやかに超えていく新しくて独自な音楽を作り上げているミュージシャンがもう一人いる。しかもサム・リーと同じサムという名前の持ち主だ。
 1981年にアメリカはヴァーモント州で生まれたサム・アミドンで、あっちのサムとこっちのサムは歳もひとつしか違わない同世代のミュージシャンだ。両親がフォーク・ミュージシャンだったことから、サムもその影響を受けて音楽の道に進んだようで、2001年にデビュー・アルバムの『Solo Fiddle』を発表し、その後『But This Chicken Proved False Hearted』(2007)、『All Is Well』(2008)、『I See The Sign』(2009)、『Bright Sunny South』(2013)、『Lilly-O』(2014)と、これまでに6枚のアルバムを発表している。
 ぼくが初めてサム・アミドンの音楽に触れたのは2008年のアルバム『All Is Well』で、それからは新作が発表されるたびすぐに買い求め、どのアルバムも繰り返し聞き続けている。『All Is Well』から遡って最初の二枚のアルバムもぜひ聞いてみたいのだが、入手するのがひじょうに困難で、たまにアマゾンなどに出品されても一万円以上の高値がついていて、なかなか手を出すことができない。

 サム・アミドンもまた、昔のフォーク・ソングやトラディショナル曲を取り上げ、彼自身はバンジョーやギター、フィドルといったまさにフォーク・ソングの楽器を弾いて歌うのだが、その解釈やアレンジや演奏は決して伝統的な、あるいは正調のフォーク・ソング・スタイルの枠内に収まるものでは決してなく、一緒に音楽を作り上げるミュージシャンもアイスランドのヴァルゲイル・シグルズソン、ローリー・アンダーソンとのコラポレーションで知られるシャザード・イスマイリ、現代音楽家のニコ・ミューリー、アンチバラスのドラマーのクリス・ヴァタラーロなど、いわゆるフォークのフィールドの人とはまったく違っていて、それゆえにオーソドックスなスタイルでバンジョーを弾くサムと一緒でも、実にオルタナティブな世界を作り出している。

 2014年10月に発表されたサム・アミドンの最新アルバム『Lily-O』は、『All Is Well』や『I See The Sign』と同じくビョークやファイスト、ボニー・“プリンス”・ビリー
などの作品などを手がけたアイスランドのヴァルゲイル・シグルズソンがプロデュースを担当し、レイキャヴィクにある彼のグリーンハウス・スタジオで録音されていて、まさにサムならではのかぎりなくフォークでトラディショナルでありながらもそこからうんとかけ離れている音楽を楽しむことができる。この最新作ではエレクトリック・ギターでビル・フリーゼルが参加していて、この異能のギタリストが加わることで、サムは大いなる刺激を受け、新たな地平を切り拓いているように思う。

 サム・アミドンは2013年に来日して、6月30日埼玉県所沢でのTONOFON FESTIVAL 2013、7月1日京都磔磔と二か所で演奏を行い(当初は7月3日東京の代官山でも演奏することになっていたが、キャンセルになった)、ぼくは京都磔磔でのライブを見ることができた。
 バンジョーやギターを弾いて歌うサムはまさにフォーク・シンガーの感じなのだが、歌い方も楽器の演奏もどこか不思議な世界観が漂っていて、一緒に来日したクリス・ヴァタラーロのドラムスやピアノやエレクトロニクスがサムの歌に宿るフォーク的なものを過激に破壊していた。
 
 サム・リーとサム・アミドン、二人の世界はとても近いようでいて、まったく違うようにも思える。もちろん本人たちはお互いの存在やその音楽をよく知っているのだろうが、それぞれどんなふうに思っているのか、とても興味深い。機会があればぜひ聞いてみたい。

 とても残念な報告をひとつ。2014年12月のこの連載で書いたマリアンヌ・フェイスフルの2015年3月の来日公演が、彼女の体調がおもわしくないということで中止になってしまった。発売日にすぐさまチケットを手に入れ、心待ちにしていたのにほんとうに悲しい。でもマリアンヌは体調が良くなったら、恐らく今年の秋にはワールド・ツアーを再開したいとコメントしている。改めての来日公演の発表を心をときめかせながら待ち続けることにしよう。

中川五郎(なかがわ・ごろう)
1949年、大阪生まれ。60年代半ばからアメリカのフォーク・ソングの影響を受けて、曲を作ったり歌ったりし始め、68年に「受験生のブルース」や「主婦のブルース」を発表。
70年代に入ってからは音楽に関する文章や歌詞の対訳などが活動も始める。90年代に入ってからは小説の執筆やチャールズ・ブコウスキーの小説などさまざまな翻訳も行っている。
最新アルバムは2017年の『どうぞ裸になって下さい』(コスモス・レコード)。著書にエッセイ集『七十年目の風に吹かれ』(平凡社)、小説『渋谷公園通り』、『ロメオ塾』、訳書にブコウスキーの小説『詩人と女たち』、『くそったれ!少年時代』、ハニフ・クレイシの小説『ぼくは静かに揺れ動く』、『ボブ・ディラン全詩集』などがある。
1990年代の半ば頃から、活動の中心を歌うことに戻し、新しい曲を作りつつ、日本各地でライブを行なっている。

中川五郎HP
https://goronakagawa.com/index.html

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