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【アーカイブス#32】チャイムス・オブ・フリーダム 2012年1月

 この1月末にリリースされたばかりの4枚組のボブ・ディラン・トリビュート・アルバム『Chimes of Freedom/The Songs of Bob Dylan』を毎日繰り返し聴き続けている。このトリビュート・アルバムは、人権侵害に対する調査と,独立した政策提言と、ボランティアによる市民の力に基づいて活動する国際的な人権団体、アムネスティ・インターナショナルの創立50周年を記念して制作されたものだ。
「半世紀にわたってアムネスティは、地球上のあらゆる場所で迫害されたり、投獄されたりしている人たちの人権と尊厳を取り戻すべく活動を続け、ボブ・ディランも同じく半世紀にわたって今の時代の中で生きる人々の苦しみや希望を歌い続けて来た。両者が繋がり結びつくのは、何の説明も不要なほど明白で当然なことだ」と、アルバムのライナー・ノーツには書かれている。

 このプロジェクトには80組以上のミュージシャンやバンドが参加し、ぼくが手に入れたアルバムには全部で73曲が収められている。そのうちの72曲はこれまで一度も発表されたことがないもので、そのほとんどが今回のために新たにレコーディングされている。そして4枚組のアルバムのいちばん最後には、ボブ・ディランが1964年の四枚目のアルバム『Another Side of Bob Dylan』で初めてレコーディングした時の「Chimes of Freedom」が改めて収録されている。
 前述したショーン・ウィレンツのライナー・ノーツには、「混乱し、非難され、虐待され、心身共に疲れ果てた数えきれないほどたくさんの者たちのため、もっとひどい境遇の者たちのために」自由の鐘が鳴り渡るという、「Chimes of Freedom」の歌詞の一節が引用され、この歌は数多くのディランの歌の中でも、「Blowin’ In The Wind」や「The Times They Are A-Changin’」、「I Shall Be Released」と並んで、アムネスティの賛歌になになりえるものだとも書かれている。アルバムの収益はすべてアムネスティ・インターナショナルの活動資金となる。

 それにしてもCD4枚組、全73曲で、ディスク1の収録時間が76分34秒、ディスク2が78分38秒、ディスク3が79分02秒、ディスク4が79分48秒もあるので、4枚続けて聴いたりしたら5時間14分02秒になってしまう。しかしどれか1枚目を聴き始めたらいつのまにか最後まで聴いてしまっているし、そうすると次は別の1枚が聴きたくなってしまう。4枚全部を一日に二度繰り返して聴けば10時間28分04秒だ!! 一日があっという間に終わってしまうではないか。

『Chimes of Freedom/The Songs of Bob Dylan』には、国や音楽のジャンルを越えてほんとうにいろんなミュージシャンたちが参加している。
 スティング(歌っている曲はGirl From The North Country)、ブライアン・フェリー(Bob Dylan’s Dream)、シールとジェフ・ベック(Like A Rolling Stone)、ピート・タウンシェンド(Corrina, Corrina)、カーリー・サイモン(Just Like A Woman)、ジャクソン・ブラウン(Love Minus Zero/No Limit)といった大物ミュージシャンたちもいれば、アデル(Make You Feel My Love)、マルーン5(I Shall Be Released)、マイ・モーニング・ジャケット(You ‘re A Big Girl Now)、ケイジ・ジ・エレファント(The Lonesome Death of Hattie Carroll)といった、今とても人気があって勢いもあるミュージシャンたちもいるし、このアルバムで初めて知った、それこそどこの国の人かわからないようなミュージシャンたちもたくさんいる。
 それに日本ではあまり知られてはいないが、ぼくが以前から注目して聴き続けて来た、ブレット・デネン(You Ain’t Going Nowhere)、テイアー・ギルモア(I’ll Remember You)といったシンガー・ソングライターが登場しているのも嬉しい。

 それにしてもカバーというのは面白い。鏡のようなものだと思う。ボブ・ディランの曲を取り上げた人たちの心や思い、考えや姿勢が正直に映し出されてしまう。その解釈や演奏を通して、ある意味、オリジナル以上にその人の個性や本質が見えてしまったりするのだ。
 この『Chimes of Freedom/The Songs of Bob Dylan』では、さまざまなタイプのカバーを聴くことができる。作者ボブ・ディランの解釈に則って演奏しようとしている者もいれば、敢えて原曲を壊すことばかり考えて演奏している者もいる。そうかと思えばディランの曲を完全に自分のスタイルにして演奏している者もいるし、凝ったことをしようとして単なるアイディア倒れで終わってしまっている者もいる。
 面白いのは、ディランのオリジナルのイメージを徹底的に、過激に壊そうと目論み、できるだけ原曲から遠ざかろうとしている者が、意外にもディランの掌の上で踊らされているだけで、あまり工夫などしていないように思える演奏が、実はディランの原曲から遥か遠くかけ離れた場所にまで到達していたりする。
 しかしこれはあくまでもぼくの個人的な意見や感想で、ぼくが面白いと受け取ったものも、聞く人によってはつまらないと思えるだろうし、ぼくがつまらないと思ったものも、ある人にとっては素晴らしいと感じられるだろう。ボブ・ディランの曲を80組以上のミュージシャンがカバーしているこのアルバムは、恐らくは耳を傾ける人たちにとっても、自分が音楽をどんなふうに考えているのか,自分が音楽とどんなふうに向き合っているのか、それを映し出す鏡のようなものになることだろう。

 ちなみに『Chimes of Freedom/The Songs of Bob Dylan』の72曲のカバーを聴いて、ぼくが面白いな、すなわちディランをどこまでもリスペクトしながらもディランの呪縛から解放されているように思えたのは、イスラエルのシンガー・ソングライター、オレン・ラヴィーの「4th Time Around」、イランのシンガーでダンサーのスッサン・デイヒムの「All I Really Want To Do」、マレーシアはボルネオ島のサラワク出身のジィ・アーヴィがボルネオに伝わる弦楽器サペだけの伴奏で歌う「Tomorrow Is A Long Time」、ロサンジェルス生まれのケシャの歌うというより泣いてしまっているかのような「Don’t Think Twice It’s All Right」、マサチューセッツのオルタナティブ・ロック・バンド、ステイト・レディオの「John Brown」などなど、このアルバムでその存在を初めて知ったか、名前は知っていてもほとんど聴いたことのないミュージシャンのものが多かった。

 よく知っているミュージシャンでは、故ジョニー・キャッシュとジ・アヴェット・ブラザーズが完璧なまでのジョニー・キャッシュとテネシー・スリー・スタイルで演奏する「One Too Many Mornings」、パティ・スミスが自分のバンドと一緒に演奏した「Drifter’s Escape」、エルヴィス・コステロがひとりで多重録音した「License To Kill」、キャロライナ・チョコレート・ドロップスがオールド・タイム・ミュージック・スタイルで奏でる「Political World」、マリアンヌ・フェイスフルがマーク・リボーのウクレレだけをバックにして歌うライブ録音の「Baby Let Me Follow You Down」内戦でソマリアからアメリカに亡命し、現在はカナダのトロントを活動の拠点にしているケイナーンが(この人の「Wavin’ Flag」という歌が好きだ)ラップで新しい言葉をいっぱい付け加えて歌う「With God On Our Side」、メロディがすっかり変わったジギー・マーレイの「Blowin’ In The Wind」などが、ぼくのお気に入りだ。
 全体的にはボブ・ディランの曲がパンク・ロックやハード・ロック、ブルースやジャズに料理されたものよりも、ラップやヒップ・ホップの世界に引き寄せて演奏されている曲に興味深いものが多かった。

 しかし72曲の中からどれか一曲をと言われたら、ぼくは迷うことなくピート・シーガーの「Forever Young」を選ぶ。レコーディング時は92歳、今年5月で93歳になるピート・シーガーが自宅の近所に住む10歳前後の子供たちの合唱団、ザ・リバータウン・キッズと一緒に、「いつでも勇敢で/まっすぐ立ってひるむことなどありませんように/とこしえに若いままでいられますように」と歌っているのだ。
 人生のほとんどの歳月を歌い続けて来た92歳のミュージシャンが「とこしえに若く」と力強くまっすぐな声で歌っているのは、ほんとうに美しく感動的だ。そして最後につぶやかれる「Forever」と「Young」の二言も、実に重くて尊い。「いつでもあなたの歌が歌われますように」というこの曲の歌詞の一節は、ピートがディランに向けて歌っているようにも思えるが、もとはといえばディランがピートに向けて書いたようにも思える。
 ゲスト参加したベラ・フレックのバンジョー、ザ・フォーエバー・ヤングスターズと名づけられた5人編成のバンド、そしてザ・フォーエバー・ストラング・クァルテットの演奏も素晴らしい。

 これからもこの4枚組のアルバム『Chimes of Freedom/The Songs of Bob Dylan』を聴き続ける日々が当分は続きそうだ。4枚のCDを取っ替え引っ替えして聴き続けていたら、ほかのアルバムはなかなか聴けそうにない。
 このMIDI RECORD CLUBのウェブ・マガジンで「ディランにあったらよろしくと」を連載している、日本でいちばんボブ・ディランに詳しいとぼくが思う菅野ヘッケルさんは、このアルバムをどんなふうに聴いたのだろうか。それが綴られた詳しい文章をぜひとも読んでみたい。

中川五郎(なかがわ・ごろう)
1949年、大阪生まれ。60年代半ばからアメリカのフォーク・ソングの影響を受けて、曲を作ったり歌ったりし始め、68年に「受験生のブルース」や「主婦のブルース」を発表。
70年代に入ってからは音楽に関する文章や歌詞の対訳などが活動も始める。90年代に入ってからは小説の執筆やチャールズ・ブコウスキーの小説などさまざまな翻訳も行っている。
最新アルバムは2017年の『どうぞ裸になって下さい』(コスモス・レコード)。著書にエッセイ集『七十年目の風に吹かれ』(平凡社)、小説『渋谷公園通り』、『ロメオ塾』、訳書にブコウスキーの小説『詩人と女たち』、『くそったれ!少年時代』、ハニフ・クレイシの小説『ぼくは静かに揺れ動く』、『ボブ・ディラン全詩集』などがある。
1990年代の半ば頃から、活動の中心を歌うことに戻し、新しい曲を作りつつ、日本各地でライブを行なっている。

中川五郎HP
https://goronakagawa.com/index.html

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