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【アーカイブス#84】世界に響くフェロー諸島のトルバドゥール、テイターの歌*2017年5月

テイター(Teitur)というシンガー・ソングライターのことは、グレン・フィリップスに教えられて初めて知った。
テイターについて書く前にまずはグレン・フィリップスのことを簡単に紹介しておくと、1970年にカリフォルニアのサンター・バーバラで生まれた彼は、1985年、15歳の時にトード・ザ・ウェット・スプロケット(Toad The Wet Sproket)というロック・バンドに参加して、曲を作り、リード・ヴォーカルも担当すると、その中心的存在となった。トード・ザ・ウェット・スプロケットは1990年にコロンビア・レコードと契約して、1998年に最初の解散をするまで、「All I Want」、「Walk on the Ocean」、「Fall Down」といったヒット曲を次々と生み出し、1990年代のアメリカのオルタナティブ・ロック・シーンを代表する、最も人気のあるバンドの一つとなった。トード解散後、グレンはさまざまなプロジェクトに参加したり、ソロのシンガー・ソングライターとして活動するようになり、現在も彼はソロ活動を中心に、いろんなプロジェクトに参加したり、トード・ザ・ウェット・スプロケットを何度か再結成したりしている。
トード・ザ・ウェット・スプロケットは1995年2月にソニー・ミュージック主催のショーケース公演で一度だけ来日し、その後グレンはソロ・ミュージシャンとなってから、2006年、2008年、2011年、2014年、2016年と、プロフェッショナルな呼び屋さんではなく、親しい日本の友だちに招かれるかたちで5回も日本にやって来て、うんと間近で演奏を楽しむことのできるインティメイトな小さな会場を中心に素晴らしいライブを行なっている。
グレンの2011年11月の来日公演のことは、「どこまでも優しくどこまでもポジティブなグレン・フィリップスは宝物だ!!」と題してこの連載ページの中で詳しく書いているので、まだ読んでいない方はぜひ読んでほしい。

そして一番最近、2016年4月にグレン・フィリップスが日本にやって来た時、ぼくは自分自身のライブの予定がすでに入ってしまっていて、グレンのライブを見ることができるのは、4月14日の松山のBar Taxiでの公演だけだった。そこでグレンのライブのためだけに東京から松山まで飛行機で飛んで行き、いつもながらに素晴らしい彼のソロ・ライブを堪能し、その前後には彼といろんな話をすることもできて、その時に教えてもらったのがテイターというシンガー・ソングライターのことだった。
日本での演奏の後、グレンはヨーロッパを回ることになっていて、「ヨーロッパのツアーはテイターと一緒に回るんだ。とてもいい歌を歌うよ。テイターって知ってるかい?」と、ぼくに聞いて来たのだ。
「テイター?」、寡聞にもぼくはその名前は初耳だった。「どんなスペル?」と、グレンに尋ねると、「t-e-i-t-u-r。そう綴ってテイターって読むんだ。フェロー諸島のミュージシャンだよ」と答える。
「フェロー諸島?」、その名前は聞いたことはあったが、どこにある諸島なのか正確にはわかっていなかった。早速調べてみると、フェロー諸島はスコットランドのシェトランド諸島とノルウェーの西海岸、そしてアイスランドの間に位置している。デンマークの自治領で、デンマーク本土、グリーンランドと共にデンマーク王国を構成していて、フェロー諸島共和国という国名でデンマークからの独立主張の動きもあるということだ。

グレン・フィリップスにフェロー諸島のテイターの存在を教えてもらい、すぐにもぼくはテイターの演奏をYouTubeでチェックしたり、これまでにリリースされているアルバムを探し求めたりして、彼の歌に耳を傾けた。確かにグレンの言うとおり、とてもいい歌を歌う素晴らしいシンガー・ソングライターではないか。しかもテイターの歌はぼくの大好きなグレン・フィリップスの歌とも通じるところがあって、同じような感性で、共通する世界を築き上げているような印象を持った。

テイターことテイター・ラッセン(Teitur Lassen)は、1977年1月4日、フェロー諸島の中心の一番大きなストレイモイ島のホイヴィクの出身。1990年代後半には本格的な音楽活動を展開していて、2000年代に入るとレコーディング契約をユニバーサル・レコード、楽曲の管理契約をウィンドスウェプト・パシフックと交わし、2003年にデビュー・アルバムの『Poetry & Aeroplanes』をリリースしている。
アルバムのプロデューサーにはイギリスのベテランのルパート・ハインが迎えられ、レコーディングはロサンゼルスやスペインのマラガ、それにコペンハーゲンなどさまざまな場所で行われ、レコーディング・セッションにはジェイ・べルローズ、ピノ・パラディノ、マット・チェンバーレン、パトリック・ウォーレン、ジェニファー・コンドスといったアメリカやイギリスのトップ・セッション・ミュージシャンたちも参加した。
アメリカのレコード会社からのデビューということで、テイターはアルバムの発売に合わせてアメリカを精力的にツアーするようになり、その時に彼が一緒に回ったのが、ジョン・メイヤー、スザンヌ・ヴェガ、ルーファス・ウェインライト、エイミー・マン、そしてグレン・フィリップスなどなどだった。つまりグレンはテイターのことをデビュー当時からよく知っていたということだ。

2003年の『Poetry & Aeroplanes』以降、テイターは現在までに9枚のアルバムを発表している。そのディスコグラフィーは以下のとおりだ。
『Stay Under The Stars』(2006)…ユニバーサルとの契約は一枚のアルバムだけで終了し、この二作目からはテイターのマネージメントが設立したArlo & Betty Recordingsで製作されている。ロン・セクスミスやジェイソン・ムラーズを手がけたマーティン・テレフェのプロデュースでロンドン録音。
『Kata Hornid』(2007)…全曲がフェロー諸島の言葉で歌われているアルバムでデンマークのコペンハーゲンの北にあるリゾート地のTisvildelejeで録音。
『The Singer』(2009)…テイター本人のプロデュースでスウェーデンのゴットランド島で録音。
『All My Mistakes』(2009)…イギリスでのデビュー作となった『The Singer』に続けてリリースされたコンピレーション・アルバム。
『Let The Dog Drive Home』(2010)…テイター本人のプロデュースでコペンハーゲン録音。
『Let The Dog Drive Home mini album』(2010)…『Let The Dog Drive Home』の別バージョンやそのほかにデモ・バージョンやアルバム未収録バージョンなど7曲が収録されたミニ・アルバム。
『A Night At The Opera』(2010)…2008年11月30日にコペンハーゲンのオペラ・ハウスで行われたテイターと彼のバンド、デンマーク国立室内管弦楽団、デンマーク国立ヴォーカル・アンサンブルの出演で行われたコンサートの模様をCDとDVDで収録した2枚組アルバム。
『Story Music』(2013)…テイターのプロテュースのもと、7歳から83歳までフェロー諸島の78人のミュージシャンが参加してフェロー諸島で録音されたアルバム。アレンジでヴァン・ダイク・パークスやニコ・ミューリーが参加。
『Confessions』(2016)…音楽家でピアニストのニコ・ミューリーとの共演アルバムでオランダで録音されている。テイターとニコ・ミューリーが共作した14曲が、テイターのヴォーカル、ニコの指揮によるホーランド・バロックの演奏で収められている。

ディスコグラフィーをちらっと追いかけるだけでもわかるように、テイターは世界各地を旅し、さまざまな人たちとコラボレーションをしている。その音楽性もスタイルも一つの小さな世界にとどまることはなく、多岐にわたっていて、豊かな広がりや奥行きがあり、実に味わい深い。
とはいえテイターの基本はやはりシンガー・ソングライターで、ギターにピアノ、いろんなキーボード類など曲によって楽器を持ち替えながら、甘く優しく、美しく透き通った声で、ロマンティックにしてリアリスティックに、揺れ動く微妙な思いや、興味深い物語を歌って聞かせてくれる。ヨーロッパの自然の中を旅するトルバドゥール、すなわち吟遊詩人のような雰囲気を漂わせながらも、その歌からはフェロー諸島出身という特異な個性やアイデンティティも感じ取ることができる。自作の曲を(基本的には)英語でとてもわかりやすく歌ってくれるシンガー・ソングライターなのだが、聞き込むほどにこんなシンガー・ソングライターはそんじょそこらにはちょっといないぞと気づかされるのだ。

日本ではまだまだ知られていなテイターだが、そのアルバムは簡単に手に入れることができる。2003年のデビュー・アルバム『Poetry & Aeroplanes』から順番に聞いて行くのもいいし、最新作の『Confessions』から遡って聞いて行くのもいい。はたまた手に入るアルバムから手当たり次第に聞いて行くのもOKだ。どんな聞き方をしたとしても、誰もがきっとテイターのユニークな歌の世界の虜になってしまうことだろう。

すでにテイターの大ファンとなってしまったぼくとしてはどのアルバムもお薦めだが、英語で歌われるアルバムだけでなく、フェロー諸島の言葉で歌われる2007年の『Kata Hornid』は、ぜひともチェックしてほしいところだ。

またYouTubeでもテイターの歌や演奏をいろいろと楽しむことができる。その中に彼が2015年にバンクーバーで行われたTEDの講演会でギターとピアノとで2曲歌っているものがある。TEDとはTechnology Entertainment Designの略で、ニューヨークに本部があって、さまざまな興味深い人物を呼んで講演やパフォーマンスをしてもらい、それをインターネットなどを通じて広く世界に発信している。「Home Is A Song I’ve Always Rememberd」という11分ほどの TEDでのテイターの演奏と短い喋りを見れば、彼がどんな人物なのか、彼の歌がどんなものなのかとてもよくわかると思うので、こちらもぜひともチェックしてみてほしい。
フェロー諸島のテイターが、そしてテイターの歌と音楽が日本でももっともっと広く知れ渡りますように!!

中川五郎(なかがわ・ごろう)
1949年、大阪生まれ。60年代半ばからアメリカのフォーク・ソングの影響を受けて、曲を作ったり歌ったりし始め、68年に「受験生のブルース」や「主婦のブルース」を発表。
70年代に入ってからは音楽に関する文章や歌詞の対訳などが活動も始める。90年代に入ってからは小説の執筆やチャールズ・ブコウスキーの小説などさまざまな翻訳も行っている。
最新アルバムは2017年の『どうぞ裸になって下さい』(コスモス・レコード)。著書にエッセイ集『七十年目の風に吹かれ』(平凡社)、小説『渋谷公園通り』、『ロメオ塾』、訳書にブコウスキーの小説『詩人と女たち』、『くそったれ!少年時代』、ハニフ・クレイシの小説『ぼくは静かに揺れ動く』、『ボブ・ディラン全詩集』などがある。
1990年代の半ば頃から、活動の中心を歌うことに戻し、新しい曲を作りつつ、日本各地でライブを行なっている。

中川五郎HP
https://goronakagawa.com/index.html


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