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ねこ、愛をこめて


いっぴきのねこがいた。

わたしの心がやさしいときにはそっと隠れて待っていて、わたしの心がとげとげしたときにひょっこり現れてくれる、まっしろのねこがいた。

ご機嫌に踊る長い尻尾をおもうたびに、心臓がぎゅっと締め付けられて、くるしい。くるしくて、いとおしい。くるしいのに、ずっとみていたくって、くるしいのに、やさしい気持ちでいっぱいになる。

ねこは、わたしの心をまるくする。自由でも、寂しがっても、甘えても、なんでもいいのよ、光を操り、影に隠れて、夜は眠り、朝も眠り、昼間も眠り、気ままに生きなさい、わたしはねこに、そう教えてもらった。ねこのおかげで、随分と肩のちからが抜けた。


ふわふわのねこ、まっしろのねこ、重力に逆らわないねこ、自由なのに時折さびしいかおをするねこ、静かで平和でやさしいねこ、その存在が希望だった。ねこは、どんなふうに生きてもいつか時間は過ぎ、いのちは終わるものよと月日をかけて教えてくれた。


ずうっと一緒だなんて、思っていたよ。心に飼っていればこの先もずうっと変わらないと思っていたよ。


100万回生きたねこのはなしを知っているけれど、一度きりでもじゅうぶんの愛を知っているよとおかしそうに笑ったねこ、まっしろの、ふわふわの、ねこ。軽いステップで、身軽に、踊るように虹にとびのった。眺めはどう?ふわふわの尻尾がご機嫌に揺れている気がした。




たまに、おもう。ほんとうは、そんなねこ、いなかったのかもしれない。


いっぴきのねこがいた。そこに居たことのないねこ。触れたことのないねこ。わたしの枕元で眠らないねこ。わたしの耳元で鳴かないねこ。とおいどこかで誰かに愛されているねこ。わたしの膝にのらないねこ。いたのか、いなかったのかも、わからないねこ。それなのにわたしは、そんなねこに確かに生かされていて、確かになぐさめられていた。

だから、うまれてから今までずっと、ありがとう。濁りのない、ひたすらにシンプルな愛だけで切り取られたねこと、ねこのいるくらし。いつでもこころにまっすぐに届いて、それはそれは眩しかった。


一度も触れたことのないそのふわふわの背中をそっと撫でてみると、当たり前のようにやわらかで心地よかった、それをおもうだけで鼻の奥がつんとした。かなしい、さびしい、それなのに、どうしてこんなにいとおしく、しあわせに感じるの?ねこは、ふわふわのしろい背中だけで、わたしに何度も愛を思い出させてくれた。生きるって、こういうことなのね。


ねえ、虹の上でもきっと、まっしろね。



ゆっくりしていってね