見出し画像

【自分のための記録】2021年なにしてた?

 家にあったストロングゼロを飲んだけれどあまり酔うことができずに、不完全燃焼な気持ちで熱いコーヒーをすすっている12月30日午前三時。

 毎日が猛スピードで過ぎて行って、あっという間に2021年が終わってしまいそう。心が日々に追いつかないまま今になってしまった。ただでさえ私は昨日のことすら覚えていないことが多いのに、今までに無かったほどの年末の地獄の慌しさで今年の記憶がほとんどない。最近はnoteの更新もめっきり減った。私はnoteを始めた頃から、「書かなくても大丈夫になりたい」と何度も書いてきた。本当に、今は信じがたいけれど、文字通り「書かないとやってられない」日々が確かにあったのだ。でも、2021年後半あたりから「書かなくても大丈夫」の感覚が分かってきた。書いてきたことでそれまでの執着や後悔が成仏した実感が少しずつわいてきて、あ、時期が来たなと思えたので、今年は過去記事をトータル60本くらい削除した。書くのが嫌いになった訳じゃなく、単に書くことがなくなった、あと、書く時間がなかなか取れなくなったのが更新頻度が落ちた理由で、note自体はきっと来年も続けていると思う。たぶん。


🍵🍵🍵


 noteの更新頻度は減ったけれど、相変わらず日記はほぼ毎日つけている。今年一年どんな日々を送ったのか、日常の端っこを振り返る。

画像1

↑今年も読書記録をしていた。これは『本当の貧困の話をしよう』を読んだ時の感想。

画像2

↑2月。何があったのか覚えていないけれど、何か心が動くものに出会ったのだと思う。

画像3

↑観た映画の感想も書いている。何だか強めな感想だね。

画像4

↑『溺れるナイフ』を観た。大友くんありがとう。

画像5

↑「人生でやりたくないことリスト」を作成している。確か3月くらい?

画像6

↑やりたくないことが多過ぎる。こんなの書いたことも手帳を見返すまで忘れていた。書いた時期の感情や状況もあるだろうから、今このリストを作ったらまた変わるんだろうなあと思う。

画像7

↑『愛という名のやさしい暴力』という本を読んだ時の感想。今年は100冊読みたい!と言っていたけれど、40冊しか読めなかった。

画像8

↑4月6日の日記。事あるごとに自分への戒めを書いている。余裕がなくなると優しさまでどこかに落としてしまう。気をつける。

画像9

↑6月。応援してた人が「内定出た」と連絡くれた日の日記。

画像10

↑9月14日の日記。noteで知り合った方々と今もTwitterなどで繋がることが出来ているのが嬉しい。

画像11

↑自分の足が地についていないなと思うことが多い一年だったように感じる。私は、今自分がしていることは誰の何になっているのか形で実感できないと不安なタイプなのだと改めて思う。でも、一度決めたことに対しては満足いくまでやろうとするし、置かれた場所で咲くのは苦手ではないかもしれない。

画像12

↑noteで出会った人たちのことを尊敬している。

画像13

↑11月1日。また路頭に迷っている。迷いがち。

画像14

↑久しぶりに大学時代の親友と会った日。彼女と会うといつも刺激をもらえるし、ハッピーに生きようと思える。

画像15

↑12月11日。疲れすぎて赤ちゃんみたいな日記書いてる。怖。

画像16

↑12月23日。疲れすぎて赤ちゃんパート2。

画像17

↑それは違うと思う。


🍵🍵🍵


 迷って悩んで寝たら忘れて、そしてまた迷って悩んで...の繰り返しの一年だった気がする。27歳、まだまだこれからなんだからいくらだって挑戦する!って思える日と、そろそろ将来を見据えて地に足をつけたいと不安になる日が交互にやってくるけれど、2021年丸ごと抱きしめた時にやっぱりハッピーの方が多かったなって思う。自分のこういう楽観的なところは結構好き。まだまだ駆け抜けていかないと追いつけないような毎日が続くけれど、走れるところまで突っ走っていこうと思います。来年も、大切な人たちが幸せだと思える日々でありますように。2021年ありがとうございました!!!



↓去年の記録







ゆっくりしていってね