令和の中年。

余裕はないとダメだ。でも多分、どんな時であれ、心に余裕を持ちたいと思うのは理想論だ。

中年のオーラに顕著になるのは余裕の大きさなのかもしれない。
人生山あり谷ありっていうけど。

こうあらなければだめだっていうのがあってそれが叶わない時、余裕を失う。どんと構えて現実を受け入れるのが理想なのかもしれないけれど、時と場合もあるし。

心に余裕がなくなると、他人を落として自分は上にいる気持ちになりたい人がいる。自分にもそうゆう感情はまったくないわけではないけど、口に出して人を落とすのは余裕がなさすぎると思う。上手くいっていない人に、当てつけのような言葉を投げつけられていい気はしない。そうゆう言葉を投げつけられてムキになってしまう自分も嫌だったりする。自分はせめて余裕を持って、この人は余裕がないんだなと思って流したい。

余裕がなくなると人と比べてしまいがちだけど、人と比べることをせず、自分の軸を持っていたい。自分のペースで自分に合った生き方をしたい。そうしなければ、世間体のような実態のないものの奴隷のようになって、誰のための人生なのかわからなくなるから。

普通をモットーにして、自分を普通だと勘違いしている人がいて、そうゆう人にお前のようにはなりたくないみたいに思われても、あーそうですかで終わりにしよう。その人の生き方も否定しないようにしよう。劣等感は持たないように、自分を肯定したい。

今は多様性の時代である。時代は令和である。

世間様ではなくて、自分を大切にしましょう。

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