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何者かになるためのラベルは捨てろ

経験値があるからこそ開けられない可能性への扉があります。経験を積むに連れ失うものがある。経験というものが諸刃の剣であることを私達は忘れがちです。

Netflixのオリジナルドラマ『FOLLOWERS』を一気観した。45分×9話で、2人の女性の物語が交差しながら映し出されるので、展開が早くまったく飽きることなく、一日で見終えてしまった。

私が見た日は、公開した次の日くらいだったので、まだ否定的な感想が話題になる前で、何も偏見ない状態で見れてよかった。蜷川作品は好き嫌い分かれるのだろうけど、私は古典的展開結構好きでした。

FOLLOWERSは、21歳の女優志望のなっつ(池田エライザ)と38歳の有名写真家リミ(中谷美紀)の2人の女性を中心に「女性の人生の選択」がテーマになっている。

なっつは夢見る若者として、リミは未来を選ぶ大人として。わかりやすい対立項の物語が交互に映し出される構成で、どちらの物語も蜷川実花監督の独特の世界観が描かれていた。

前者はポップに綺羅びやかに。後者は大人の健気さと大胆な妖艶さを。

物語の序盤、なっつは何者でもない。プロダクションに所属しながら役者のオーディションを受けては落ち、うだつのあがらない日々を過ごしていた。けれどある日、物語は動き出す。偶然、リミのInstagramになっつの写真がポストされたことがきっかけで、シンデレラストーリーを駆け上がっていくのだ。もちろん、今を生きる若者として苦悩をしながら。

他人から「モデル」という役割を与えられた彼女は、見られるようになる。メディア出る。SNSを投稿する。次第に、彼女の声が世間に届くようになる。

気づいたら、彼女に誰のものかわからない誹謗中傷の声が届くようになっていた。彼女は立ち止まることはできない。

闘う。溶ける。固まる。脱皮をする。柔らかい皮膚に刺激を受ける。溶ける。固まる。脱皮をする。柔らかい皮膚に刺激を受ける……。

そして、彼女は自分で自分に役割を与えた。

彼女は一度「モデル」という肩書を得たのちに、経験を経て、自分で「役者」としての道を切り開いていく。「役者になるための人生」を自ら断ち切るのだ。

「アップデートしている人は、いくつになっても、おばさんじゃないのよ」

リミ編の序盤に出てくるセリフなのだが、なっつの人生が進めば進むほどじわじわ効いてくる。そして、冒頭に引用した「経験値があるからこそ開けられない可能性への扉」の存在。

いつかはラベルを捨てる。ラベルに惑わされない。ラベルは活用するものなのだ。アップデートしないと、おばさんなのだ。何者かになるためのラベルは必要だが、縛られてはいけない。

ラベルを捨てることができたなっつが言う「私と違う一歩を踏み出す」というのは、あなただけのラベルを捨てることなのではないだろうか。

ラベルを捨てるためのラベルをつける。

最近書いたnoteが自分にラベルをつけることだったから、私は今このタイミングで『FOLLOWERS』を見れて本当によかったな、って。作ってくれてありがとう。



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